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2022/10/06

鈴木正三「因果物語」(片仮名本(義雲・雲歩撰)底本・饗庭篁村校訂版) 中卷「七 鳩來り御剱を守り居る事 附 神前の刀にて化物を切る事」

 

[やぶちゃん注:底本は、所持する明治四四(一九一一)年冨山房刊の「名著文庫」の「巻四十四」の、饗庭篁村校訂になる「因果物語」(平仮名本底本であるが、仮名は平仮名表記となっている)を使用した。なお、私の底本は劣化がひどく、しかも総ルビが禍いして、OCRによる読み込みが困難なため、タイピングになるので、時間がかかることを断っておく。但し、本篇は、所持する一九八九年刊岩波文庫の高田衛編「江戸怪談集(中)」の抜粋版には収録されていない。

 なお、他に私の所持品と全く同じものが、国立国会図書館デジタルコレクションのこちらにあり、また、「愛知芸術文化センター愛知県図書館」公式サイト内の「貴重和本ライブラリー」のこちらで、初版板本(一括PDF)が視認出来る。後者は読みなどの不審箇所を校合する。

 本文は饗庭篁村の解題(ルビ無し)を除き、総ルビであるが、難読と判断したもの、読みが振れるもののみに限った。踊り字「〱」「ぐ」は正字化した。適宜、オリジナルに注を附す。]

 

    鳩(はと)來り御剱(ぎよけん)を守り居(ゐ)る事

     神前の刀(かたな)にて化物を切る事

 大坂の住(ぢう)、大和守古道(やまとのかみふるみち)と云ふ鍛冶(かぢ)、寬永十九年正月十五日より、禁中樣(きんちうさま)の御剱を作りければ、鼠色(ねずみいろ)の鳩、來つて、吹箱(ふきばこ)の上に居(ゐ)たり。

 追へども立たず、大豆(まめ[やぶちゃん注:二字へのルビ。])を蒔(まき)て見れども、喰(く)はず。

 不審して、神の折敷(をしき)に入れて、喰(くは)せけり。

 日々(にちにち)來りけるが、御剱、出來(しゆつらい)すれば、出で行くなり。亦、内裏(だいり)にて、銘を截(き)る時も、彼(か)の鳩、來りて守り居(ゐ)たるとなり。

[やぶちゃん注:「大和守古道」不詳だが、酷似した名の摂津国の刀工に「大和守吉道」(やまとのかみよしみち)がいるサイト「刀剣ワールド」のこちらによれば、『初代』『大坂丹波守吉道』『の次男で、関西における』「丁子乱(ちょうじみだれ)の三名人」の『ひとりに数えられた名工で』、『生年は不詳で』ある『が、延宝年間』(一六七三年~一六八一年)『まで生き』、八十『余歳で没し』たとあり、『大和守吉道が得意とした丁子乱とは、丁字の実が連なった形にみえる刃文のこと』で、『後代になると、「薬焼刃」(くすりやきば)と呼ばれる技法によって、菊水や富士山、桜花などを交えた』、『華やかな文様を描き、人気を博し』、『切れ味も良く、江戸時代の刀剣格付書「懐宝剣尺」(かいほうけんじゃく)において、「良業物」(よきわざもの)の評価を得てい』るとある。朝廷御用達であれば、この人物である可能性が高いように思われる。]

 

○香丸淸兵衞(かうまるせいびやうゑ)と云ふ人は、下野(しもつけ)の國蜷川(にながは)の生れの人なり。十歲の比(ころ)、下女一人、付け、伯母(をば)の處に、あづけ置(お)かる。然(しか)るに、彼(か)の女伯母の、氣に違(たが)ひて、父の方へ歸る。敎訓して、亦、伯母の方へ返す事、四、五度(ど)なり。其後(そのゝち)、亦、走り出でゝ、行末(ゆくゑ[やぶちゃん注:ママ。] )なし。

 或時、伯母、煩(わづら)ひ付(つ)きて、

「あやしき者、切々(せつせつ)來(きた)る。」

と云へば、

「煩ひの、たわ目(め)なるべし。」

とて居(ゐ)たるに、伯母は、

「今は、庭に來りて居(ゐ)る。さりとては、たわ目に、あらず。」

と云ふ。

「扨(さて)は。」

とて、庭を見れども、何も、なし。

 伯母、亦、靑き物を着て來(きた)る間(あひだ)、よくよく、見よ。」

と云ふ。

 其時、庭の物を、取りのけて見るに、庭の角に、長持(ながもち)あり。

 其下より靑(あを)きつぎ、見えけるが、俄かに、長持の下へ、引くなり。

 不思議に思ひ、長持を取除(とりの)け見れば、彼(か)の下女、板の樣(やう)に成りて居(ゐ)たり。彼の女、

「居處(ゐどころ)無くして、裏(うら)の木に、うつろあり、是(これ)に籠り居(ゐ)て、三年、送るなり。」

と云ふ。

「扨も、惡いやつかな。」

と云うて、切るにきれず、彌々(いよいよ)腹立ち、何(なに)と、切れども、切れず。

 せんかたなき處に、

「斯樣(かやう)の化者(ばけもの)をば、神社へ籠めたる刀にて、切る。」

と云ふ人あり。

「然(さ)れば。」

とて、八幡へ籠めたる刀にて、切りければ、即ち、首(くび)、落ちけり。

 此化者、靈(りやう)と成つて、皆々、取殺しけり。

 今に、神に祝(いは)ひて、蜷川に有るなり。

[やぶちゃん注:この冒頭の「香丸淸兵衞」なる不詳の人物の話は、結局、最後は伯母のところから飛び出して、行方不明になって、話が切れてしまっており、本題の怪異の話との連関性が、よく判らない。この彼に従って来た下女が、後半では蛇っぽい化け物となっているようだが、「香丸淸兵衞」の失踪は、実は、その蛇化した下女に誑かされ、殺されたものか、或いは、その下女の邪性を知って、伯母からではなく、この下女から逃げたというのが、真相なのか? 後半の伯母以外の人物たちが何者なのかも明らかになっていない。恐らくは、伯母の家の下人たちらしいが、その辺りも、明かでなく、不審である。そもそも、この話、どこで、誰から聴いたのかが、本書の他の話と異なり、明かになっていないのも、甚だ気になるのである。神剣譚に収束させるためだけに書かれた完全な失敗作と言わざるを得ないと思うのだが、読者の方々は、いかが思われるか?

「下野の國蜷川」不詳。栃木県皆川の誤りか。

「つぎ」「繼(つぎ)」で衣服の破れ目を綴った「つぎ」のことか。

「神社へ籠めたる刀」神社に神剣として奉納した刀。]

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