鈴木正三「因果物語」(片仮名本(義雲・雲歩撰)底本・饗庭篁村校訂版) 上卷「十九 善根に因つて富貴の家に生るゝ事」
[やぶちゃん注:底本は、所持する明治四四(一九一一)年冨山房刊の「名著文庫」の「巻四十四」の、饗庭篁村校訂になる「因果物語」(平仮名本底本であるが、仮名は平仮名表記となっている)を使用した。なお、私の底本は劣化がひどく、しかも総ルビが禍いして、OCRによる読み込みが困難なため、タイピングになるので、時間がかかることを断っておく。なお、所持する一九八九年刊岩波文庫の高田衛編「江戸怪談集(中)」には、この「十七」から上巻の最後の「二十」までは収録していない。
なお、他に私の所持品と全く同じものが、国立国会図書館デジタルコレクションのこちらにあり、また、「愛知芸術文化センター愛知県図書館」公式サイト内の「貴重和本ライブラリー」のこちらで、初版板本(一括PDF)が視認出来る。後者は読みなどの不審箇所を校合する。
本文は饗庭篁村の解題(ルビ無し)を除き、総ルビであるが、難読と判断したもの、読みが振れるもののみに限った。踊り字「〱」「ぐ」は正字化した。適宜、オリジナルに注を附す。]
十九 善根に因つて富貴(ふうき)の家に生(うま)るゝ事
濃州(ぢようしう)土岐(とき)の郡(ぐん)、開元院と云ふ禪寺に、佛都(ぶついち)と云ふ座頭(ざとう)あり。
善者(ぜんしや)なる故、勸進(くわんじん)して、鎭守堂(ちんじゆだう)と門を建てけり。
彼の佛都、死して後(のち)、信州伊那郡(いなぐん)にて、福人(ふくにん)の家に生れ出でたり。彼(か)の父より開元院へ使(つかひ)を以て、
「御寺に佛都と申せし座頭、有りつるや。一人の子、生れて、手を握り、七日過ぎて、手を開くを見れぱ、手の中(うち)に「開元院の佛都」と云ふ名、有り。希代(きだい)不思議に候へぱ、問(とひ)に遺(つかはす)。」
となり。
正保元年のことなり。
[やぶちゃん注:「濃州土岐の郡、開元院」岐阜県瑞浪(みずなみ)市日吉町(ひよしちょう)にある曹洞宗鷹巣山(ようそうざん)開元院。土岐氏所縁の寺であると同時に、東濃地方に於ける曹洞宗の本寺として栄えた。
「伊那郡」現在の長野県の南部の広域で、かつての面積は信濃国内の郡で最大であった。旧郡域は当該ウィキの地図を見られたい。
「正保元年」一六四四年。]
○肥後の國、熊本古町(ふるまち)に、長六(ちやうろく)と云ふ者、居(ゐ)けり。元來、唐人(たうじん)なりしが、肥後へ來て居(きよ)す。
信心深き者にて、白河(しらかは)と云ふ大河(たいが)に橋を掛け、往來の通路を安んず。故に橋をも「長六橋」と云ふ。町をも「長六町(まち)」と云ふ。
彼の者、死して、明年(あくるとし)、同國の庄屋、福者(ふくしや)の子に生れて、出づるなり。
則ち、頸(くび)に「長六」と云ふ文字(もんじ)、顯(あらは)れたり。
橋をかくる事は、加藤淸正の代なり。
[やぶちゃん注:「熊本古町」この中央附近。
「長六」不詳。但し、次注を参照のこと。
「長六橋」熊本県中央を貫流する白川に架かる、国道三号線の橋の一つ。当該ウィキによれば、『最初に作られたのは』慶長六(一六〇一)年(年)に『加藤清正が熊本藩中部を流れる白川に唯一架けた橋で、この名がある』。『当時は城下町南方面の防備の必要から、白川に架かる橋はこの橋しかなかった』とある。別な記事では、熊本城築城に際して資材運搬のために架けたともあった。但し、注に『長六という人が作ったという説もあるという』ともあった。
「長六町」この町名は現在は確認出来ない。]
○加藤淸正、恒々(つねづね)、仰せけるは、
「菩提所本妙寺の上、二町程、上(あが)り、少し平(たひら)かなる處あり。彼所(かしこ)に位牌堂(ゐはいだう)を立てよ。」
と遺言し給ふ故、死後に其地を平(たいら)げける處に、竪橫(たてよこ)一間三尺程なる石の唐櫃(からびつ)、有り。
其蓋(ふた)に「淸正坊(せいしやうばう)」と書き付け、内(うち)には朱(しゆ)を詰めて有り。
即ち、其朱にて靈屋(れいをく)を塗る、となり。
[やぶちゃん注:前話と清正繋がりで配された点、特異点と言える。加藤清正は永禄五年六月二十四日(一五六二年七月二十五日)生まれで、慶長十六年六月二十四日(一六一一年八月二日)に享年五十(満四十九)で亡くなっている。死因は脳溢血とされる。
「本妙寺」ここ。清正の廟所も含めて拡大した。
「一間三尺」九十二・七センチメートル。
「朱」赤色硫化水銀。古くより、中国などで遺体の防腐剤として用いられた。事実、当該ウィキによれば、『遺骸は甲冑の武装のまま』、『石棺に朱詰め』(☜)『にされ、現在の廟所内の清正公像の真下にあたるところに埋葬された』とある。]
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