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2022/10/07

鈴木正三「因果物語」(片仮名本(義雲・雲歩撰)底本・饗庭篁村校訂版) 中卷「十三 馬の物言ふ事 附 犬の物言ふ事」

 

[やぶちゃん注:底本は、所持する明治四四(一九一一)年冨山房刊の「名著文庫」の「巻四十四」の、饗庭篁村校訂になる「因果物語」(平仮名本底本であるが、仮名は平仮名表記となっている)を使用した。なお、私の底本は劣化がひどく、しかも総ルビが禍いして、OCRによる読み込みが困難なため、タイピングになるので、時間がかかることを断っておく。なお、本篇は所持する一九八九年刊岩波文庫の高田衛編「江戸怪談集(中)」にも収録されている。

 なお、他に私の所持品と全く同じものが、国立国会図書館デジタルコレクションのこちらにあり、また、「愛知芸術文化センター愛知県図書館」公式サイト内の「貴重和本ライブラリー」のこちらで、初版板本(一括PDF)が視認出来る。後者は読みなどの不審箇所を校合する。

 本文は饗庭篁村の解題(ルビ無し)を除き、総ルビであるが、難読と判断したもの、読みが振れるもののみに限った。踊り字「〱」「ぐ」は正字化した。適宜、オリジナルに注を附す。]

 

   十三 馬の物言ふ事

      犬の物言ふ事

 

Kanagawanosyuku

 

[やぶちゃん注:前掲「江戸怪談集(中)」から読み込んだ。右上のキャプションは、「かな川の宿」。]

 

武州神奈川に、旅人、宿(やど)を取りて、雨降りける故、亭主の羽織を盜み、着て行かんとするに、何者やらん、

「其(それ)は、亭主の羽織なり。何とて、着て行くぞ。」

と云ふほどに、傍らを見れども、人は、なし。

 聞かぬ由(よし)にて、出でんとすれば、又、右の如く言ふを聞くに、馬なり。

 此時、馬に向つて、

「何事ぞ。」

と問へば、

「我は、亭主の甥(をひ)なり。伯父の造作(ざうさ)を受けたり。此の恩を報ぜんために、馬と爲(な)り來(きた)る。今、少し、債(おひめ)あり。錢七十五文出(いだ)せば、暇(ひま)、明(あく)なり。」

と言ふ。

 餘り怖しく覺えて、亭主に、委しく語る。

 亭主、聞いて、

「扨も、不思議のことかな。此馬、能く使はるゝ事、類(たぐ)ひなし。唯(たゞ)、人の如くに覺えたり。」

と語る。

 其後(そのゝち)、人、來たりて、彼の馬を借り、七十五文、取りければ、則ち、死す。

 寬永年中のことなり。内藤六衞門、確(たし)かに語るなり。

[やぶちゃん注:

「神奈川」神奈川宿。現在の神奈川県横浜市神奈川区神奈川本町(かながわほんちょう)附近にあった。

「造作を受けたり」「生前、世話になった。」。

「寬永年中」一六二四年から一六四四年まで。]

 

〇江州にて、ある家に、盜人(ぬすびと)入りて、物を取らんとするに、彼(か)の家の馬、狂ひて、怖しき體(てい)なり。

 暫し、靜まつて、又、出でんとするに、馬、追掛(おひか)けて、

「其の取り物、遣(や)るまじ。速かに、置け。」

と云ふ。

 駭(おどろ)いて、子細を問ひければ、

「我、先きの世に、此の亭主の米を、一斗、盜みたる科(とが)に依つて、今、馬と爲(な)つて、四年、此に有り。九升、相濟(あひす)まして、今、一升、すまず。是を押さへて、償(つぐな)ふべし。」

と云ふ。

 盜人、聞いて、贓物(ざうもつ)、捨て、去りけり。

 盜人、餘りに怖しく覺えて、其後(そのゝち)、彼(か)の家に往(ゆ)きて、

「馬を、借らん。」

と云ふ。

 亭主、

「此の程、間(ま)もなく使ふ故、馬、草臥(くたびれ)たり。借すまじき。」

と云ふ。

「駄賃錢(だちんせん)、過分に出(いだ)さん。」

と云ひて、强(しひ)て借りけり。

 彼(か)の馬の債(おひめ)を償(つぐの)のはしめん爲めなり。

 其れより、返つて、馬、即ち、死す。

 盜人、後(のち)に來りて、懺悔(さんげ)しけり。

 人々、知つて、隱れなき事なり。

[やぶちゃん注:「贓物」盗品。

「懺悔(さんげ)」底本は「ざんげ」と振る。既注の通り

「駄賃錢」馬の使用料。]

 

〇秀賴樣の餌指(えさし[やぶちゃん注:ママ。「ゑさし」が正しい。])の處へ、犬の生き肝(ぎも)を買(かひ)に來たる。

 銀(ぎん)三枚に直(ね)を究(きは)め、女房、犬を引きて、裏へ行くに、彼(か)の犬、迹(あと)を見返りて、

「怖しき女哉(かな)。」

と云ふ。

 是を聞いて、買ふ人、逃げ去りたり。

 男、外より、歸りければ、女房、悔(く)いて、「今日、銀子(ぎんす)を取迯(とりはづ)したり。」

と云ふ。

 男、仔細を問へば、女房、

「しかじか。」

と語る。

 男、聞いて、

「さても、怖しき女かな。」

と云ふて、行方知(ゆきがたし)らずに、出で行きたりとなり。

[やぶちゃん注:「秀賴」豊臣秀吉の三男・庶子で家督を継いだ豊臣秀頼(文禄二(一五九三)年~慶長二十年五月八日(一六一五年六月四日)。「大坂夏の陣」で自害した。享年二十三(満二十一歳)。

「餌指」「江戸怪談集(中)」に注に、『「餌差し」のこと。鷹匠の部下に属し、職務のため、猟犬を飼っている。』とある。]

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