鈴木正三「因果物語」(片仮名本(義雲・雲歩撰)底本・饗庭篁村校訂版) 下卷「二十 愛執深き僧蛇と成る事」
[やぶちゃん注:底本は、所持する明治四四(一九一一)年冨山房刊の「名著文庫」の「巻四十四」の、饗庭篁村校訂になる「因果物語」(平仮名本底本であるが、仮名は平仮名表記となっている)を使用した。なお、私の底本は劣化がひどく、しかも総ルビが禍いして、OCRによる読み込みが困難なため、タイピングになるので、時間がかかることを断っておく。なお、所持する一九八九年刊岩波文庫の高田衛編「江戸怪談集(中)」には、本篇は収録されている。
なお、他に私の所持品と全く同じものが、国立国会図書館デジタルコレクションのこちらにあり、また、「愛知芸術文化センター愛知県図書館」公式サイト内の「貴重和本ライブラリー」のこちらで、初版板本(一括PDF)が視認出来る。後者は読みなどの不審箇所を校合する。
本文は饗庭篁村の解題(ルビ無し)を除き、総ルビであるが、難読と判断したもの、読みが振れるもののみに限った。]
二十 愛執深き僧蛇と成る事
下總(しもふさ)の國、結城の高顯寺に、恩貞(おんてい)と云ふ若僧、有り。本國は尾州折津(をりづ)、義恩(ぎおん)長老の弟子なり。
九州より下る周慶(しうけい)と云ふ僧、館林(たてばやし)、善長寺に居(きよ)す。此の僧、高顯寺の江湖(かうこ)へ來て、恩貞に戀慕(れんぼ)して、煩(わづら)ひと成る。
善長寺に歸つて、彌々(いよいよ)、憬(あこが)れ、終(つひ)に臥し居(ゐ)たり。
恩貞、古き袷(あはせ)を、周慶に出(いだ)しければ、是を引きさき、引きさきして、喰(く)ひ盡(つく)し、次第々々に、煩ひ、重くなり、終に死期(しき)に究(きはま)る。
然(しか)れども、死に難(かね)て、若患(くげん)かぎりなし。
善長寺、泉牛(せんぎう)長老、恩貞指南坊主へ、右の子細を具(つぶさ)に云ひ遣はして、恩貞を呼び寄せ、周慶に引き合はせければ、目を見出(みいだ)して、手を取り、悅びけるが、則ち、死す。
其後(そのゝち)、恩貞、伏したるふとんの下に、何やらん、動きけるを、振ひ出(いだ)し、見れば、白き蛇なり。
六、七度、殺して、串(くし)に指(さ)して捨てけれども、終に絕へず。
然(しか)る間、關東に居る事、叶はずして、尾張へ歸國しけれども、彼(か)の僧の面影、身に添ひ、畏毛立(おぞけだ)ちて、煩ひに成り、次第々々によわり、終に死す。
其時まで、蒲團(ふとん)の下に、白蛇、有り。
確(たしか)に、諸人(しよにん)、知りたる事なり。
[やぶちゃん注:本書で初めて出る男僧の同性愛譚二連発!
「下總(しもふさ)の國、結城の高顯寺」茨城県結城市結城にある曹洞宗天女山永正禅林泰陽院孝顕寺(てんにょざんえいしょうぜんりんたいよういんこうけんじ)。
「尾州折津」愛知県一宮市の南方に接する稲沢(いなざわ)市下津町(おりづちょう)と思われる。「江戸怪談集(中)」の注でも、そこに比定している。
「義恩長老」不詳。
「館林、善長寺」群馬県館林市当郷町(とうごうちょう)にある曹洞宗巨法山(こほうざん)観音院善長寺。
「江湖」は既出既注。「がうこ」が正しい。夏安居(げあんご)。
「袷」裏地のある長着のこと。
「恩貞指南坊主」恩貞の師匠。
「目を見出して」目を大きく見開いて。]
〇關東にて守誾(しゆきん)と云ふ僧、若僧(にやくさう)に戀慕して、其の念、蛇と成りて、若僧の居(ゐ)たる寮(れう)の、窓より、見入れて居(ゐ)たり。
若僧、「双紙(さうし)きり」にて、蛇(へび)の目を、つきければ、隣りの寮の僧、「あつ。」
と云ふて、呼ぶ。
其の由を聞けば、俄かに、片目、つぶれたり。
其後(そのゝち)、徧參して步きけるが、
「蛇守誾(へびしゆきん)。」
と、人々、云ふなり。
天正年中の事なり。
[やぶちゃん注:「守誾」読みの「しゆきん」はママ。この漢字の音は「ギン・ゴン」である。初版板本(84コマ目)でもママで、唯一、「江戸怪談集(中)」が正しく『しゆぎん』と振る。但し、それが同書の底本である東洋文庫岩崎文庫本でそうなっているかは、現物が見られないので、判らない。高田先生が補訂された可能性もある。先行する『上卷「三 幽靈夢中に人に告げて僧を請ずる事 附 血脉を乞ふ事」』の第二話に全く同名のバイ・プレイヤーとして庫裡坊主「守誾」(但し、そこでは「しゆぎん」と正しい読みが示されてある)が登場するが、同一人物かどうかは不明。同一人物とすると、長老らを除けば、陰鬱なる主人公としての返り咲きという有難くない特異点となる。
「双紙きり」「双紙錐」。草紙を綴るために穴を開けて糸を通すための錐。
「天正年中」一五七三年から一五九二年まで。]
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