大和怪異記 卷之一 第五 文石小麿狗に化る事
[やぶちゃん注:底本は「国文学研究資料館」の「お茶の水女子大学図書館」蔵の宝永六年版「出所付 大和怪異記」(絵入版本。「出所付」とは各篇の末尾に原拠を附記していることを示す意であろう)を視認して使用する。今回の分はここ(標題は前のコマ)。但し、加工データとして、所持する二〇〇三年国書刊行会刊の『江戸怪異綺想文芸大系』第五の「近世民間異聞怪談集成」の土屋順子氏の校訂になる同書(そちらの底本は国立国会図書館本。ネットでは現認出来ない)をOCRで読み取ったものを使用する。
正字か異体字か迷ったものは、正字とした。読みは、かなり多く振られているが、難読或いは読みが振れると判断したものに限った。それらは( )で示した。逆に、読みがないが、読みが振れると感じた部分は私が推定で《 》を用いて歴史的仮名遣の読みを添えた。また、本文は完全なベタであるが、読み易さを考慮し、「近世民間異聞怪談集成」を参考にして段落を成形し、句読点・記号を打ち、直接話法及びそれに準ずるものは改行して示した。注は基本は最後に附すこととする。]
第五 文石小麿(あやしの《おまろ》)狗(いぬ)に化(ばけ)る事
雄略天皇十三年秋八月、播磨国の御井隈(みゐぐま)の人、文石小麻呂といふもの、力、つよく、心、肆(ほしいまゝ)にして、暴虐(あらくしへたたくる)の所爲(しよゐ)あるにより、天皇、春日小野臣大樹(かすがをのゝ《おほ》き)に、百人の兵を添(そへ)て、せめしめ給ふ。
大樹、文石が宅をかこんで、燒(やく)ときに、火炎(ほのほ)の中より、白狗(しろいぬ)出《いで》て、大樹臣を逐(をふ[やぶちゃん注:ママ。])。
其大《おほき》さ、むまのごとし。
大樹臣、刀をぬいて、かの狗を、きりころせしかば、文石の小麻呂となりぬ。同
[やぶちゃん注:最後の「同」は前の話と「同」で、「日本書紀」が原拠であるが、文石小麻呂の悪虐の具体な内容が省略されてある。原文は以下。
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秋八月、播磨國御井隈人、文石小麻呂、有力强心肆行暴虐、路中抄劫不使通行、又斷商客艖䑧悉以奪取、兼違國法不輸租賦。於是天皇、遣春日小野臣大樹、領敢死士一百並持火炬、圍宅而燒。時、自火炎中、白狗暴出、逐大樹臣、其大如馬。大樹臣、神色不變、拔刀斬之、卽化爲文石小麻呂。
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国立国会図書館デジタルコレクションの昭和六(一九三一)年岩波書店刊黒板勝美編「日本書紀 訓讀」中巻で示すと、ここの左ページ最終行の途中から次のコマにかけてである。それを参考にカット部分を訓読すると、
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路(みち)の中(なか)に抄劫(ちゐ)しつつ、通(かよ)ひ行かしめず、又、商客(あきびと)の艖䑧(ふね)を斷(た)へて、悉くに、以つて、奪ひ取れり。兼ねて、國法に違(たが)ひて、租賦(たちから)を輸(すす)めず。
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「抄劫」は音「シヤウコウ」で、「掠奪」の意、「租賦」(ソフ)は、役所が人々に割り当てる租税や年貢。「租」は「田畑や土地にかかる年貢」を指し、「賦」は「労役や物品による貢(みつぎ)」の意である。
それにしても、狼男のような人狼伝説というのは、あまり本邦では例を見ないのではないか? そそられる話柄ではある。
「御井隈」一説に現在の兵庫県姫路市青山のこの中央附近(グーグル・マップ・データ)に比定されているようである。
「文石小麻呂」ここに出る以外に事績不詳。
「小野臣大樹」同前。]