大和怪異記 卷之四 第九 蜂蜘にあだをむくふ事
[やぶちゃん注:底本は「国文学研究資料館」の「新日本古典籍総合データベース」の「お茶の水女子大学図書館」蔵の宝永六年版「出所付 大和怪異記」(絵入版本。「出所付」とは各篇の末尾に原拠を附記していることを示す意であろう)を視認して使用する。今回の本文部分はここから。但し、加工データとして、所持する二〇〇三年国書刊行会刊の『江戸怪異綺想文芸大系』第五の「近世民間異聞怪談集成」の土屋順子氏の校訂になる同書(そちらの底本は国立国会図書館本。ネットでは現認出来ない)をOCRで読み取ったものを使用する。
正字か異体字か迷ったものは、正字とした。読みは、かなり多く振られているが、難読或いは読みが振れると判断したものに限った。それらは( )で示した。逆に、読みがないが、読みが振れると感じた部分は私が推定で《 》を用いて歴史的仮名遣の読みを添えた。また、本文は完全なベタであるが、読み易さを考慮し、「近世民間異聞怪談集成」を参考にして段落を成形し、句読点・記号を打ち、直接話法及びそれに準ずるものは改行して示した。注は基本は最後に附すこととする。踊り字「く」「〲」は正字化した。なお、底本のルビは歴史的仮名遣の誤りが激しく、ママ注記を入れると、連続してワサワサになるため、歴史的仮名遣を誤ったものの一部では、( )で入れずに、私が正しい歴史的仮名遣で《 》で入れた部分も含まれてくることをお断りしておく。]
第九 蜂(はち)蜘(くも)にあだをむくふ事
相刕小田原の蓮池に、ふねを入《いれ》て、
「盆前(ぼんぜん)に葉花(ははな)を切(きり)する。」
とて、舟に乘居(のりゐ)ける者ども、船ばたに、手うちかけ。しばらく休(やすら)ひけるに、蜂、一つ、來て、花をすひけるが、蜘のゐにかゝりけるを、葉の下より、蜘、出《いで》て、ゐにて、まきけるに、蜂も、しばしは、ゐをやぶりかねしが、とかくして、やうやう、にげさりける。
其後《そののち》、此くも、蓮花(はすの《はな》)の、半《はん》びらきたるにのぼり、ゐをもつて、まきよせ、はなのうへを、とぢあはせ、其内に、かくる。
「いかに、かくは、するぞ。」
と心をつけ、見ける所に、しばらくありて、蜂一つ、來《きた》ると思へば、あとより、百ばかり、
「どつ」
と、來て、蜘のかくれ居(ゐ)たる花のあたりを尋《たづぬ》ると見へけるが、蛛のかくれたる花にとりつき、みるうちに、花を、あみのごとくに、さしやぶり、
「ばつ」
と、立《たち》て、さりぬ。
人々、舟をよせて、此花のうちをみるに、かくれたる蛛、
「ずだずだ」
になりて、死《しし》けり。
前に、ゐにかゝりたる蛛、出《いで》て、ゐにてまかれし意趣を思ひ、ともを、もよほし、あだをむくゐける、と見えたり。相刕圡人物語
[やぶちゃん注:これも原拠は書名とは見做さない。「相刕(さうしう)の圡人(どじん)の物語り」である。
「相刕小田原の蓮池」これはまず、候補としては、小田原城南堀の別名「蓮池」(グーグル・マップ・データ)ととっておくべきか。城の北直近に明日池弁財天社もある。
「ゐ」「圍」(囲)で蜘蛛の網のこと。]