大和怪異記 卷之三 第十一 龍屋敷よりあがる事
[やぶちゃん注:底本は「国文学研究資料館」の「新日本古典籍総合データベース」の「お茶の水女子大学図書館」蔵の宝永六年版「出所付 大和怪異記」(絵入版本。「出所付」とは各篇の末尾に原拠を附記していることを示す意であろう)を視認して使用する。今回の本文部分はここから。但し、加工データとして、所持する二〇〇三年国書刊行会刊の『江戸怪異綺想文芸大系』第五の「近世民間異聞怪談集成」の土屋順子氏の校訂になる同書(そちらの底本は国立国会図書館本。ネットでは現認出来ない)をOCRで読み取ったものを使用する。
正字か異体字か迷ったものは、正字とした。読みは、かなり多く振られているが、難読或いは読みが振れると判断したものに限った。それらは( )で示した。逆に、読みがないが、読みが振れると感じた部分は私が推定で《 》を用いて歴史的仮名遣の読みを添えた。また、本文は完全なベタであるが、読み易さを考慮し、「近世民間異聞怪談集成」を参考にして段落を成形し、句読点・記号を打ち、直接話法及びそれに準ずるものは改行して示した。注は基本は最後に附すこととする。踊り字「く」「〲」は正字化した。なお、底本のルビは歴史的仮名遣の誤りが激しく、ママ注記を入れると、連続してワサワサになるため、歴史的仮名遣を誤ったものの一部では、( )で入れずに、私が正しい歴史的仮名遣で《 》で入れた部分も含まれてくることをお断りしておく。]
第十一 龍(りやう)屋敷よりあがる事
寬永の比、豊前国小倉の侍、夏のいとあつきに、庭に水うたせ、緣に腰を懸(かけ)、すゞみ居(ゐ)ける。
三間程むかふに、竹がきありしに、一尺ばかりの小蛇、
「するする」
とのぼり、中にも、少したかき竹のすえに[やぶちゃん注:ママ。]、『五、六寸もあがるよ。』と見れば、
「するり」
と落《おつ》。又、あがり、此たびは、蛇の尾、竹のすゑ、にはづるゝ程に、のぼりて、落《おち》、かくする事、四、五度に及ぶとき、東西、にはかに、くらくなり、風雨、しきりにして、かの蛇、終《つひ》に、竹のすえより[やぶちゃん注:ママ。]、一尺ばかり、
「ひらひら」
と、はなれ、のぼる、と、みえしより、黑雲、たちまち、おほひ、雨ふり、風はげしければ、みるべきやうもなくして、戸をたてて、内に、いる。
しばらく有て、雨風やみしとき、近隣より、使《つかひ》をつかはして、
「足下(《そ》こ)の屋敷より、たゞいま、龍、あがりぬ。家内、別条なきや。」
と、とふ。
其後、近所の者ども、申けるは、
「風雨しきりなるとき、足下の屋敷の上に、雲、おほひしかば、不思儀に思ひみる所に、一間余(よ)ほどの物、
『ひらひら』
とあがる、と、みへて、次第に大きになり、地より十間もあがれるときは、四、五間程なりしに、黑雲、くだりて、まきあげぬ。」
と、かたりぬ。
『能(よく)あらはれ、よくかくる。』と、古人のいひけんやうに、いとちいさくなりてかくれ居《ゐ》、時をまちて、かたちをあらはし、天にのぼるとみへたり。「豊前國人物語」
[やぶちゃん注:典拠とする「豊前國人物語」は不詳。「近世民間異聞怪談集成」の解題で土屋氏も本書を『その書名を聞かないような未刊の写本』の一つに入れておられる。
「寬永」一六二四年から一六四四年まで。徳川家光の治世。
「三間」五メートル四十五センチ。
「一尺」約三十センチ。
「五、六寸」十五~十八センチ。
「一間余(よ)」一メートル八十一センチ超え。
「十間」十八メートル強。
「四、五間」約七・二七~九・一〇メートル。]
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