大和怪異記 卷之三 第九 人の背より虱出る事
[やぶちゃん注:底本は「国文学研究資料館」の「新日本古典籍総合データベース」の「お茶の水女子大学図書館」蔵の宝永六年版「出所付 大和怪異記」(絵入版本。「出所付」とは各篇の末尾に原拠を附記していることを示す意であろう)を視認して使用する。今回の本文部分はここから。但し、加工データとして、所持する二〇〇三年国書刊行会刊の『江戸怪異綺想文芸大系』第五の「近世民間異聞怪談集成」の土屋順子氏の校訂になる同書(そちらの底本は国立国会図書館本。ネットでは現認出来ない)をOCRで読み取ったものを使用する。
正字か異体字か迷ったものは、正字とした。読みは、かなり多く振られているが、難読或いは読みが振れると判断したものに限った。それらは( )で示した。逆に、読みがないが、読みが振れると感じた部分は私が推定で《 》を用いて歴史的仮名遣の読みを添えた。また、本文は完全なベタであるが、読み易さを考慮し、「近世民間異聞怪談集成」を参考にして段落を成形し、句読点・記号を打ち、直接話法及びそれに準ずるものは改行して示した。注は基本は最後に附すこととする。踊り字「く」「〲」は正字化した。なお、底本のルビは歴史的仮名遣の誤りが激しく、ママ注記を入れると、連続してワサワサになるため、歴史的仮名遣を誤ったものの一部では、( )で入れずに、私が正しい歴史的仮名遣で《 》で入れた部分も含まれてくることをお断りしておく。]
第九 人の背(せ)より虱(しらみ)出《いづ》る事
下總の者、かたりけるは、
「我國に、かはりたる病(やまひ)にて、死したる者、あり。『牧(まきの)』何がしといふ者の妻、三十あまりになりけるが、ある日、
『背の中ほど、ことの外に、かゆき。』
とて、婢女(げじよ)をよびて、かゝせけれども、こらえがたければ、夫がいはく、
『われ、かきてみむ。』
とて、つよく、かきて、皮、やぶれしに、やぶれたる所に、穴、あきて、虱、
『ばらばら』
と出《いで》たり。妻をどろきて、
『ふしぎの事なり。とてもの事に、剃刀(かみそり)にて、切《きり》さき、見給へ。』
と望む。夫、
『いかでか、さる事、有べき。』
とて、承引(《しよう》いん)せざれば、
『よしよし。聞《きき》いれ給はずは、我、うしろさまに、切やぶらん。』
と、いひて、剃刀を取出しける故、是非なく
『更(さら)ば、試(こゝろみ)に、やぶり、みん。』
とて、少し切けるに、下より、其切目《きりめ》を、はねやぶりて、虱、いか程といふばかりもなく、出たり。
箒《はうき》にて、はらひ、あつむるに、およそ一升餘も有べし。
かくて、虱、すきと、つきければ、女は、ねふれるがごとくに、死したり。
いかなる病と知人《しるひと》なし。」。
[やぶちゃん注:原拠表記なし。
「虱」博物誌は私の「和漢三才圖會卷第五十二 蟲部 蝨」を見られたいが、このような状態でヒトに寄生することはあり得ないので、その点で怪異と言える。皮膚の角質層の内部に鋏脚でトンネルを掘って寄生するヒゼンダニによる疥癬が真っ先に想起され、その強烈な寄生(百万から二百万虫体)による重症型の過角化型疥癬(ノルウェー疥癬)もあるが、病態がそれらしくはない(背中の一ヶ所にのみ営巣している点)し、そもそもヒゼンダニは虫体が極めて小さく、肉眼では見えないから、こうしたシークエンスにはならず、箒で払って虫一升という表現はあり得ないだろう。私はこの話、先行する浅井了意の「伽婢子卷之十三 蝨瘤」の体のいい焼き直しに過ぎないと思う。そちらの注で、しかつめらしく真面目に、この虫の注を附してあるので見られたい。
「すきと」副詞で「残らず・完全に・すっかり」。
「つきければ」「盡きければ」。]
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