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2022/12/06

大和怪異記 卷之五 第五 猿人の子をかりてをのれが子の敵をとる事

 

[やぶちゃん注:底本は「国文学研究資料館」の「新日本古典籍総合データベース」の「お茶の水女子大学図書館」蔵の宝永六年版「出所付 大和怪異記」(絵入版本。「出所付」とは各篇の末尾に原拠を附記していることを示す意であろう)を視認して使用する。今回の本文部分はここ。但し、加工データとして、所持する二〇〇三年国書刊行会刊の『江戸怪異綺想文芸大系』第五の「近世民間異聞怪談集成」の土屋順子氏の校訂になる同書(そちらの底本は国立国会図書館本。ネットでは現認出来ない)をOCRで読み取ったものを使用する。

 正字か異体字か迷ったものは、正字とした。読みは、かなり多く振られているが、難読或いは読みが振れると判断したものに限った。それらは( )で示した。逆に、読みがないが、読みが振れると感じた部分は私が推定で《 》を用いて歴史的仮名遣の読みを添えた。また、本文は完全なベタであるが、読み易さを考慮し、「近世民間異聞怪談集成」を参考にして段落を成形し、句読点・記号を打ち、直接話法及びそれに準ずるものは改行して示した。注は基本は最後に附すこととする。踊り字「く」「〲」は正字化した。なお、底本のルビは歴史的仮名遣の誤りが激しく、ママ注記を入れると、連続してワサワサになるため、歴史的仮名遣を誤ったものの一部では、( )で入れずに、私が正しい歴史的仮名遣で《 》で入れた部分も含まれてくることをお断りしておく。

 挿絵があるが、これは「近世民間異聞怪談集成」にあるものが、状態が非常によいので、読み取ってトリミング補正し、適切と思われる箇所に挿入した。因みに、平面的に撮影されたパブリック・ドメインの画像には著作権は発生しないというのが、文化庁の公式見解である。底本ではずっと後のここにある。

 標題の「をのれ」(己)はママ。]

 

 第五 猿(さる)人の子をかりてをのれが子の敵(かたき)をとる事

 

Sarukataki

 

 富士、根かた、村井鄕《むらいがう》木切山《ききりやま》の土民ふうふ、当歲(《たう》ざい)の子をもちけるが、田の畔(くろ)にすへて、おとこ[やぶちゃん注:ママ。]も女も、畑をうちける所に、大猿《おほざる》、ふたつ、來り、かの子をつれてゆき、大木《たいぼく》のこずへに[やぶちゃん注:ママ。]のぼり、子をなかせける所に、「わし」、みねのかたより、おとしかけ、うへにて、舞《まひ》けるとき、子を、木の「うつぼ」にすへ、二ひきの猿、大ゑだを、ひきたはめ、其かげに、かくれしを、「わし」、ちかぢかと來りて、とらんとするを、たはめしゑだを、はねけるに、「わし」の、まんなかにあたり、

「はた」

と、をつ[やぶちゃん注:ママ。以下同じ。「落つ」。]。

 さる、木より、をりて[やぶちゃん注:ママ。]、子をいだき、壱疋は、をちたる「わし」を、ひき來り、其子がかたはらに、をき[やぶちゃん注:ママ。以下同じ。]、みねに、かへれり。

 されば、其比《そのころ》、かのさる、をのが子[やぶちゃん注:ママ。]を、わしにとられ、さけびしが、かく、はかりて、子のかたきを、とり、「わし」を子のかたはらにをきたるは、子をかりし、「へんれい」とおぼえたり。

[やぶちゃん注:原拠はお馴染みの「犬著聞集」。所持せず、ネット上にもない。また、同書の後代の再編集版である神谷養勇軒編の「新著聞集」にも採られていないようである。

「富土、根かた、村井鄕、木切山」近似した地名に、現在の静岡県富士宮市村山木伐山(むらやまききりやま)がある。「NAVITIME」でここグーグル・マップ・データ航空写真で、この中央附近。まさに富士山の南西の「根方」に当たり、今でも、猿が出そうな感じだ。

「当歲」その年に生まれた乳児。

「田の畔(くろ)」「田の畦(あぜ)」に同じ。

「大猿」特に大きいというのではなくて、子猿に対する「大人の猿」の意。言わずもがな、本邦固有種の脊索動物門脊椎動物亜門哺乳綱霊長目真猿型下目直鼻猿亜目狭鼻小目オナガザル上科オナガザル科オナガザル亜科マカク属ニホンザル Macaca fuscata 。因みに我々は狭鼻小目ヒト上科ヒト科ヒト亜科ヒト族ヒト亜族ヒト属ヒト Homo sapiensだな。狭鼻小目 Catarrhiniにはオナガザル上科 Cercopithecoideaとヒト上科 Hominoideaしか、あらしまへんのやで。

「なかせける」「泣かせける」。

「わし」「鷲」。詳しくは私の「和漢三才圖會卷第四十四 山禽類 鵰(わし) (鷲(ワシ)類)」を見られたいが、タカ目タカ亜目タカ上科タカ科 Accipitridae に属する鳥の内で、オオワシ(タカ科オジロワシ属オオワシ Haliaeetus pelagicus)・オジロワシ(タカ科オジロワシ属オジロワシ Haliaeetus albicilla)・イヌワシ(タカ科イヌワシ属イヌワシ Aquila chrysaetos)・ハクトウワシ(タカ科ウミワシ属ハクトウワシ Haliaeetus leucocephalus:北アメリカ大陸の沿岸部に広範囲に分布するが、本邦では迷鳥として国後島や北海道で見つかることはある)等のように、比較的大きめの種群を漠然と指す通俗通称である。一般に分類上のタカ科 Accipitridae の種群の中で比較的大きいものを「ワシ」(鷲)、小さめのものを「タカ」(鷹)と呼ぶ傾向はあるものの、無論、明確な鳥類学上の分類学的区別があるわけではなく、本邦に於いては(恐らく中国でも)古来からの慣習に従って便宜上、呼び分けているに過ぎない。この本文では種同定は出来ないが、挿絵を見ると、全身が黒く、少なくとも絵のそれは、尾羽を除いて全身が褐色を呈するが、見た目、全体に黒っぽく見えるオジロワシっぽい感じで描かれてある(オオワシは頭頂から頸部を被う羽毛に羽軸に沿って白い斑紋(軸斑)が入り、尾羽も白く、見た目は有意にオジロワシより遙かに白い部分が目に入る)。

「みねのかた」「峰の方」。

「おとしかけ」「落とし驅け」。急降下して来て。

「うつぼ」「空・洞」と漢字表記し、大木などに生じた幹の空洞。洞(うろ)。挿絵参照。嬰児が、そこに、ちんまりと座っている。ちょっと当歳には見えないが。

「ひきたはめ」「引き撓め」。

「かりし」「借りし」。

「へんれい」「返禮」。]

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