「續南方隨筆」正規表現版オリジナル注附 「話俗隨筆」パート 瓦工は不吉の營業
[やぶちゃん注:「續南方隨筆」は大正一五(一九二六)年十一月に岡書院から刊行された。
以下の底本は国立国会図書館デジタルコレクションの原本画像を視認した。今回の分はここ。但し、加工データとして、サイト「私設万葉文庫」にある、電子テクスト(底本は平凡社「南方熊楠全集」第二巻(南方閑話・南方随筆・続南方随筆)一九七一年刊)を使用させて戴くこととした。ここに御礼申し上げる。疑問箇所は所持する平凡社「南方熊楠選集4」の「続南方随筆」(一九八四年刊・新字新仮名)で校合した。
注は文中及び各段落末に配した。彼の読点欠や、句点なしの読点連続には、流石に生理的に耐え切れなくなってきたので、向後、「選集」を参考に、段落・改行を追加し、一部、《 》で推定の歴史的仮名遣の読みを添え(丸括弧分は熊楠が振ったもの)、句読点や記号を私が勝手に変更したり、入れたりする。漢文脈部分は後に推定訓読を添えた。]
瓦工は不吉の營業 (大正二年九月『民俗』第一年第二報)
「瓦工《ぐわこう》は不吉の營業だ。」という老人に、予、屢々、逢《おう》た。古傳に、「凡そ土程貴い物は無いに、土を一たび瓦に燒くと、瓦は、餘程、年數を經ても、復た土と成らぬ。故に、土を減《へら》すから、不吉の營業だ。」と言《いつ》た。
熊楠按ずるに、東晉、沙門、竺曇無蘭《ぢくどんむらん》譯「佛說見正經」に、佛言、復譬如二陶家埏ㇾ土爲一ㇾ器、以ㇾ火燒ㇾ之、則轉成ㇾ瓦、寧可ㇾ使二瓦還作一ㇾ土乎。諸弟子皆言、實不可、土已燒煉、變ㇾ形成ㇾ瓦、不ㇾ可三復使二還作一ㇾ土也〔佛、言はく、「復(ま)た、譬へば、陶家の土を埏(こ)ねて器を爲(つく)るがごとし。火を以つて之れを燒けば、則ち、轉じて瓦(かはら)となる。寧(いづくん)ぞ、瓦をして、還(ふたた)び、土と作(な)さしむべけんや。」と。諸弟子、皆、言はく、「實(まこと)に不可なり。土は已に燒煉(しやうれん)し、形を變じて瓦と成れば、復た、還び、土と作さしむべからざるなり。」と。〕佛、人間の識神《たましひ》が、餓鬼や地獄に生れ替《かは》つて、替つた先を、人間へしらせに來ぬは、恰《あたか》も、瓦となった以上、土に復《もど》らぬ樣だと喩へたんぢや。
[やぶちゃん注:「佛說見正經」は「大蔵経データベース」で校合した。脱字が二ヶ所ほど認められた。「竺曇無蘭」は東晋(三一七年~四二〇年)の西域の僧。竺が姓で曇無蘭が名。多くの漢訳を成している。]
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