大和怪異記 卷之六 第二 いなりのみきをぬすむ老人が事
[やぶちゃん注:底本は「国文学研究資料館」の「新日本古典籍総合データベース」の「お茶の水女子大学図書館」蔵の宝永六年版「出所付 大和怪異記」(絵入版本。「出所付」とは各篇の末尾に原拠を附記していることを示す意であろう)を視認して使用する。今回の本文部分はここと、ここと、ここ。但し、加工データとして、所持する二〇〇三年国書刊行会刊の『江戸怪異綺想文芸大系』第五の「近世民間異聞怪談集成」の土屋順子氏の校訂になる同書(そちらの底本は国立国会図書館本。ネットでは現認出来ない)をOCRで読み取ったものを使用する。
正字か異体字か迷ったものは、正字とした。読みは、かなり多く振られているが、難読或いは読みが振れると判断したものに限った。それらは( )で示した。逆に、読みがないが、読みが振れると感じた部分は私が推定で《 》を用いて歴史的仮名遣の読みを添えた。また、本文は完全なベタであるが、読み易さを考慮し、「近世民間異聞怪談集成」を参考にして段落を成形し、句読点・記号を打ち、直接話法及びそれに準ずるものは改行して示した。注は基本は最後に附すこととする。踊り字「く」「〲」は正字化した。なお、底本のルビは歴史的仮名遣の誤りが激しく、ママ注記を入れると、連続してワサワサになるため、歴史的仮名遣を誤ったものの一部では、( )で入れずに、私が正しい歴史的仮名遣で《 》で入れた部分も含まれてくることをお断りしておく。
挿絵があるが、これは「近世民間異聞怪談集成」にあるものが、状態が非常によいので、読み取ってトリミング補正し、適切と思われる箇所に挿入する。因みに、平面的に撮影されたパブリック・ドメインの画像には著作権は発生しないというのが、文化庁の公式見解である。底本(カラー。但し、挿絵は単色)の挿絵部分もリンクを張っておく(但し、本篇本文よりも前に置かれてある)。]
第二 いなりのみきをぬすむ老人が事
いつの比にや、山城国稻荷社(いなりのやしろ)にそなヘをく[やぶちゃん注:ママ。]神酒(みき)、よなよな、一滴(いつてき)[やぶちゃん注:これまで数字にはルビを振らないのが普通であったので、特異点。]も、のこらずなること、數日(すじつ)に及べり。
社人(しやにん)ども、ふしぎに思ひ、四、五人、いひあはせ、うかゞふに、夜半ばかりに、白はつの老翁一人、つえにすがり來りけるが、
「ゑい。」
と、いひて、はいでんにあがり、こしにつけたるはかまを着(き)、手水(《てう》づ)つかひ、神前にむかひ、手をつき、
「今宵も御とぎに參候。いつものごとく、神酒、きこしめし候へ。」
と、いひて、神前のかはらけを、ひとつは、
「神盃。」
とて、すへをき[やぶちゃん注:「へ」「を」二箇所ともママ。以下同じ。]、ひとつは、おのれが前にをき、
「まづ、御前に、きこしめし候へ。」
とて、御かはらけに、つぎ、
「さらば、御さかな申さん。」
と、しはがれたる声にて、うたひをうたひ、老人が、
「此さかなにては、今ひとつ、聞召《きこしめさ》れ候へ。」
とて、又、つぎて、うたひ、三献(こん)、參らせ、
「もはや、老人が、たまはらん。」
とて、二、三ばい、のみ、其後は、立《たち》あがり、まひ、かなで、きやうげんし、神酒の有《ある》かぎり打(うち)のみ、かしらを、たゝきながら、
「あら、有がたや、明神の御かげにて、此世も、たすかりぬ。猶、來世(らいせ)をたのみ奉る。又、明晚も御とぎに參らん。」
と、神前を拜し歸る所を、かくれ居(ゐ)たる者共゙、出合(いで《あひ》)、
「盜人(ぬすびと)、のがさじ。」
と、手とり、足とり、なはをかけ、かたはらに、をしこめをきたり[やぶちゃん注:二箇所ともママ。]。
其夜より、からめたる者共゙、大熱、狂亂し、ちばしりて、いはく、
「『我に。』とて、そなへたる神酒・供物、いかやうに成《ある》とても、をのれ等が、かまふべき事かは。此おきな、余念なく、我を、たのみ、夜ごとに來り、神酒、すゝめ、神慮をなぐさむるれば、をそく[やぶちゃん注:ママ。]來るをだに待(まち)かねしに、かく、かなしき目(め)を見せけるぞや。いそぎ、なはを、とき、いたはるべし。左(さ)なくは、一人も、安隱(あん《おん》)なるべからず。」
と、なみだを、ながして、おどりくるへば、社人共゙、大《おほき》におどろき、いそぎ、縄を、とき、
「かくばかり神慮にかなひしをきな[やぶちゃん注:ママ。]、あしくは、いかゞ。」
と、祠官中(しんくわんぢう)より、ふちしをき[やぶちゃん注:ママ。「扶持(ふち)し置(お)き」。]、老人は、いよいよ、前(まへ)のごとく、明神にもふで[やぶちゃん注:ママ。]、つかへけると、いひ傳ふ。同
[やぶちゃん注:原拠は前話と「同」じで、「異事記」。但し、不詳。「近世民間異聞怪談集成」の解題で土屋氏も、本書を『該当する資料名が不明なもの』の一つに入れておられる。]
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