畔田翠山「水族志」 ヘダヒ (ヘダイ)
(二二)
ヘダヒ 一名シラダヒ マナジ【勢州慥柄浦】マキダヒ【熊野大島】
勢州阿曾浦漁人云、「マナジ」又「マキ」ト呼。長乄ハ「シラタヒ」ト稱ス形狀「チヌ」ニ似テ頭隆起シ口圓ク乄不ㇾ尖腹白色ニ乄淡黑條アリ背淡靑色淡黑條アリ眼ヨリ尾ニ至リ條ニ淡黃ヲ帶尾黃色淡黑ヲ帶脇翅淡黑色黃ヲ帶背鬣亦同色ニ乄端微黑色腰下翅黃色淡黑ヲ帶腹下翅黃色長乄ハ色淺クナル大者三尺許㋑シマダヒ 形狀「ヘダヒ」ニ同乄背淡靑白色腹白色ニ乄背ヨリ腹上ニ至リ淡黑斑條ヲナス尾鬣淡黑黃色腹下翅黃色日東魚譜曰縞鯛似ㇾ鯛赤褐色身上有二斜條一故名即別種ノ「シマダヒ」也
○やぶちゃんの書き下し文
へだひ 一名「しらだひ」・「まなじ」【勢州、慥柄浦(たしからうら)。】・「まきだひ」【熊野、大島。】
勢州、阿曾浦(あそうら)の漁人、云はく、「まなじ」、又、「まき」と呼ぶ。長じては、「しらたひ」と稱す。形狀、「ちぬ」に似て、頭(かしら)、隆起し、口、圓(まる)くして、尖(とが)らず。腹、白色にして淡黑條あり。背、淡靑色、淡黑條あり。眼より尾に至り、條に淡黃を帶ぶ。尾、黃色、淡黑を帶ぶ。脇翅(わきびれ)、淡黑色、黃を帶ぶ。背鬣(せびれ)、亦、同色にして、端(はし)、微黑色。腰の下翅(したびれ)、黃色、淡黑を帶ぶ。腹の下翅、黃色。長じては、色、淺くなる。大は、三尺許り。
㋑しまだひ 形狀、「へだひ」に同じくして、背、淡靑白色。腹、白色にして、背より腹上に至り、淡黑斑條をなす。尾鬣(をびれ)、淡黑、黃色。腹の下翅、黃色。「日東魚譜」に曰はく、『縞鯛、鯛に似て、赤褐色。身の上に斜條有り。故に名づく。』と。即ち、別種の「しまだひ」なり。
[やぶちゃん注:底本のここ。「ヘダヒ」をそのまま現在の標準和名に当てるなら、
条鰭綱新鰭亜綱棘鰭上目スズキ目スズキ亜目タイ科ヘダイ亜科ヘダイ属ヘダイ Rhabdosargus sarba
となる。頭部が隆起していて、口が丸く、尖らないという特徴はダイによく一致する。「ぼうずコンニャクの市場魚類図鑑」の同種のページの画像を見られたいが、畔田が細かく描写している体部各部の色(特に部分部分の僅かな黄色)も、だいたい似ていると私には思われる。ただ、大きい個体を「三尺」(九十一センチメートル弱)とするのは、ちょっとヘダイにしては大き過ぎる(ネットでは大きくてもせいぜい六十センチ超である)。但し、私は先行する『畔田翠山「水族志」 メチ(ヘダイ)』でヘダイを同定候補としている(しかし、「メチ」の畔田の記載は頗る貧しい)。そこでも注したが、畔田は必ずしも厳密な形での分類で本書を記載してはおらず、寧ろ、同種であっても色彩や模様の異なる個体変異を別に項立てしているので、重複はありである。
「しらだひ」「ぼうずコンニャクの市場魚類図鑑」の同種のページの「地方名・市場名」の項に「シラタイ」とあり、『和歌山県田辺・周参見・太地・塩屋・白崎』とあり、また、「シロダイ」として『神奈川県小田原市など、静岡県焼津市・吉田町・御前崎町、鹿児島県種子島』ともある。
「勢州、慥柄浦」三重県度会郡南伊勢町慥柄浦(グーグル・マップ・データ。以下無表示は同じ)。
「まなじ」同前で「マナジ」があり、『三重県鳥羽市安楽島・志摩市和具町・尾鷲、和歌山県太地・三輪崎』とある。
「まきだひ」同前で「マキダイ」があり、ここでは参考資料に宇井縫蔵「紀州魚譜」とともに本「水族志」が挙がっている。国立国会図書館デジタルコレクションの宇井縫蔵「紀州魚譜」では、ここで、宇井氏も本記載をヘダイに同定していることが判る。なお、そこでは体長を『一尺内外』としており、それが一般的な成体の標準値である。「ぼうずコンニャクの市場魚類図鑑」の同種のページでも全長を三十五センチメートル前後としておられる。
「阿曾浦」三重県度会郡南伊勢町阿曽浦。慥柄浦の贄浦を隔てた対岸に当たる。
「日東魚譜」は江戸の町医神田玄泉(生没年・出身地不詳。玄仙とも。他の著作として「本草考」「霊枢経註」「痘疹口訣」などの医書がある)の全八巻から成る本邦(「日東」とは日本の別称)最古の魚譜とされるもので、魚介類の形状・方言・気味・良毒・主治・効能などを解説する。序文には「享保丙辰歳二月上旬」とある(享保二一(一七三六)年。この年に元文に改元)。但し、幾つかの版や写本があって内容も若干異なっており、最古は享保九(一七一九)年で、一般に知られる版は享保一六(一七三一)年に書かれたものである。私はカテゴリ『神田玄泉「日東魚譜」』を作ったものの、挿絵が今一つ私の趣味に合わないので、お恥ずかしながら、永く放置しっぱなしである。畔田の引用するそれは、国立国会図書館デジタルコレクションの写本の「巻二」のここの「※間鯛」(しまたい:下図の右手端のキャプションの読みによる。「※」は「絲」の異体字の「グリフウィキ」のこれ)の頭の部分である。
「しまだひ」現行では「縞鯛」はスズキ亜目イシダイ科イシダイ属イシダイ Oplegnathus fasciatus の幼魚の通称であるが、その『形狀』は『「へだひ」に同じくし』ないし、『背、淡靑白色。腹、白色にして、背より腹上に至り、淡黑斑條をなす。尾鬣(をびれ)、淡黑、黃色。腹の下翅、黃色』というのも、イシダイの様態とは一致しない。また、現行ではヘダイの異名に「シマダイ」はなく、「日東魚譜」のそれもヘダイではない。何故、ここに畔田がこの記載を入れ込んだのか、理解に苦しむ。「日東魚譜」の『縞鯛、鯛に似て、赤褐色。身の上に斜條有り。故に名づく』と言うのは、そこに載る図では「赤褐色」を入れておらず、不審である。「赤褐色」を成し、明瞭な「斜條」があるのは、スズキ亜目タカノハダイ科タカノハダイ属タカノハダイ Cheilodactylus zonatus が真っ先に浮ぶが、ヘダイとは取り違えようがない魚で、ますます不審である。]

