毛利梅園「梅園介譜」 蛤蚌類 葛籠介・簾介 / 左個体=ケマンガイ/右個体(不詳)
[やぶちゃん注:底本の国立国会図書館デジタルコレクションのここ。左丁に、『以上筑前産』と条立てし、後に『筑前隱士君ヨリ小澤弾正江被送予乞之眞寫』(筑前の隠士君(いんしくん:匿名化してある)より小澤弾正え(へ)送らる。予、之れを乞ひて眞寫す。)と記す。十二個体(腹足類一種以外は斧足類)の見開き図。]
葛籠介
簾介
丸出の者。
[やぶちゃん注:推定で読みを示すと、
葛籠介(つづらがひ)
簾介(すだれがひ)
である。孰れも紋様に基づく和名であるが、この和名では同形の貝は認められらかった。「葛籠」はツヅラフジの蔓 で編んだ衣服などを入れる箱形のかごで、その組み模様が山型を成すこととのミミクリーであろう。
「丸出の者」筑前(概ね現在の福岡県相当)の地名には「丸」を附した地名は多いが、幾つかの現行のそれを見るに、シンプルに「丸町」、また、「丸山」などの地名を確認したものの、近代以前も考慮したが、それらは海浜に面していない。しかし、「今昔マップ」を調べてみると、この現在の福岡市若松区の旧海域(旧遠賀郡。現在は広範囲に干拓がされてしまっている)の浅瀬の名称に「丸瀨」を発見した。一つ、ここを候補として、「丸」瀬を見渡す海岸から「出」た(=採取した)「者」(物:貝殻)という読みが可能かとも思われる。
さて、形状と名称及び分布から最初に想起した種は、
斧足綱異歯亜綱マルスダレガイ目マルスダレガイ超科マルスダレガイ科リュウキュウアサリ亜科スダレガイ属アケガイPaphia vernicosa
であった。「ぼうずコンニャクの市場魚類図鑑」のアケガイのページを見られたいが、本種は貝殻の色彩と模様の変異が一致はする。「アケガイの生物写真一覧」の左から一番目及び三番目の写真が右個体にかなり近似し、三番目の写真が左個体に似ては見える。しかし、アケガイは全体が貝殻の前後が長く楕円に近く、前背縁が有意に鋭角に下がっている点で、本図の全体に丸みを帯びた形と一致しないので違う。
次に、以前に一度出た、『毛利梅園「梅園介譜」 蛤蚌類 忘貝(ワスレカイ) / ワスレガイ』、
マルスダレガイ目マルスダレガイ超科マルスダレガイ科ワスレガイ亜科ワスレガイ属ワスレガイCyclosunetta menstrualis
を考えた。これは、地味な左側の個体に近似性を感じはするものの、この図のような有意な山型紋は見られず、右側の個体のような赤い華やかな笹の葉状の紋の個体も、学名でネット検索して見ても、見当たらないので、これも違う。
と、ここで、仕切り直して、この二個体、よく見てみると、殻頂部の形が有意に異なることに気づく。則ち、
左個体では、模様のためにはっきりしないが、どうも殻頂が前方に有意に捩じれて突き出ている
ように見え、それに反し、
右個体では、全くそれが見られず、殻の背縁は綺麗な放物線を描いている
ことが判る。ということは、この
二個体は別種
と、とるべきである。
まず、左個体であるが、吉良図鑑を見るに、一見、
マルスダレガイ目マルスダレガイ科マルオミナエシ属サラサガイ Lioconcha fastigita
に似ているように思われた。しかし、学名のグーグル画像検索を見られたいが、吉良図鑑に、『殻は中位の蛤形で、よく膨らみ殻頂は秀で』、『殻表には成長脈のみで平滑で鈍い光沢がある。白色または帯黄白色の地に黒色の山形状更紗模様がある』とあって、同心円脈のみで、この図のような放射肋は見られないので、これも違う。
而して、この左の図の条件を総て満たすのは、私は、
軟体動物門二枚貝マルスダレガイ目マルスダレガイ超マルスダレガイ科シラオガイ亜科ホソスジイナミガイ属ケマンガイ Gafrarium divaricatum
であろうと踏んだ。Artur Buczkowski & Slawomir Boron Ph.D.の作成になる‘ViaNet Conchology’の同種の画像を見られたい。そこの下方の二個体四つのそれが、死後の経年変化によってくすんだそれを、梅園が放射肋を強調して描いたとすれば、よく合致するように思う。和名は「華鬘貝」で、「ぼうずコンニャクの市場魚類図鑑」の同種のページの「由来・語源」によれば、『『介志』より。『華鬘(けまん)』は寺などの仏像の後背などに飾るもの』とあった。
次に、右個体であるが、当初、色彩と模様が極めて特徴的であることから、容易に同定出来ようと思ったのが間違いだった。一見した最初は、
マルスダレガイ目ザルガイ科ワダチザル亜科トリガイ属トリガイ Fulvia mutica
かと思ったものの、全体の色が橙色に有意に傾き、しかも、このような小笹を立てたような強い赤色の極めて固有の紋様を成すことはない。強調したとしても、梅園がここまでトリガイをデフォルメすることは考え難い。トリガイの仲間で調べてみると、全体に赤色偏移していて、より模様がはっきりとしていて、複雑な種に、
トリガイ属マダラチゴトリガイ Fulvia undatopicta
がいる。「ぼうずコンニャクの市場魚類図鑑」の同種のページを見られたいが、光沢を持ち、非常に魅力的な紋様を持つ貝ではあるが、そこのある三個体のどれかを描いたとしても、このような図には、なりようがないと感ずる。されば、これは不詳とする。]
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