大和怪異記 卷之六 第二十 毒草の事 / 卷之六~了
[やぶちゃん注:底本は「国文学研究資料館」の「新日本古典籍総合データベース」の「お茶の水女子大学図書館」蔵の宝永六年版「出所付 大和怪異記」(絵入版本。「出所付」とは各篇の末尾に原拠を附記していることを示す意であろう)を視認して使用する。今回の本文部分はここ。但し、加工データとして、所持する二〇〇三年国書刊行会刊の『江戸怪異綺想文芸大系』第五の「近世民間異聞怪談集成」の土屋順子氏の校訂になる同書(そちらの底本は国立国会図書館本。ネットでは現認出来ない)をOCRで読み取ったものを使用する。
正字か異体字か迷ったものは、正字とした。読みは、かなり多く振られているが、難読或いは読みが振れると判断したものに限った。それらは( )で示した。逆に、読みがないが、読みが振れると感じた部分は私が推定で《 》を用いて歴史的仮名遣の読みを添えた。また、本文は完全なベタであるが、読み易さを考慮し、「近世民間異聞怪談集成」を参考にして段落を成形し、句読点・記号を打ち、直接話法及びそれに準ずるものは改行して示した。注は基本は最後に附すこととする。踊り字「く」「〲」は正字化した。なお、底本のルビは歴史的仮名遣の誤りが激しく、ママ注記を入れると、連続してワサワサになるため、歴史的仮名遣を誤ったものの一部では、( )で入れずに、私が正しい歴史的仮名遣で《 》で入れた部分も含まれてくることをお断りしておく。]
第二十 毒草の事
寬文七年二月廿八日に、信濃国、「すわ[やぶちゃん注:ママ。]」のもの、㙒(の)に出《いで》て、草をつみ、あえ物にして、くらひけるより、うかうかとなり、たはごとをいひ、ものゝけのやうにて、十日ばかりの後、もとのごとくになりぬ。
又、あるもの、いひしは、
「八年以前に、同所の『芹(ぜり)が澤《さは》』にて、『雪わり』といふ草をくひて、さけにゑいし[やぶちゃん注:ママ。]がごとくなりとぞ。同
[やぶちゃん注:「近世民間異聞怪談集成」では「雪わり」を『雷わり』と判読しているが、これはどうみても、「雪」の崩しで、「雷」ではない。「かみなりわり」という植物も私は聴いたことがないし、何より、以下に示す「新著聞集」で「雪わり」とあるから、間違いない。
「犬著聞集」原拠。これは、幸いにして、後代の再編集版である神谷養勇軒編の「新著聞集」に所収する。「第十八 雜事編」にある「毒艸(どくさう)人を酔(えは)す」である。早稲田大学図書館「古典総合データベース」の寛延二(一七四九)年刊の後刷版をリンクさせておく。ここ。御覧の通り、月を『三月すへ[やぶちゃん注:ママ。]の八日』としていること、『物(もの)つきの樣にて』及び『芹(せり)が沢(さは)』とあり、さらに、以上の通り、後の毒草も「雪わり」である。吉川弘文館随筆大成版でも『雪わり』と印刷されているぜ。
「寬文七年二月廿八日」グレゴリオ暦一六六七年三月二十二日。徳川家綱の治世。
『信濃国、「すわ」』長野の諏訪。
「うかうかとなり」ぼんやりした感じ。「新著聞集」では『譫語(せんご)』とする。譫言(うわごと:ここでの「たはごと」はそれに同じ)のこと。明らかに脳神経を冒されて、恐らくは幻覚に伴う譫妄状態に陥っているのである。ここでは、具体な、毒草と思われるものの形状その他が全く示されていないので、特定は出来ないが、早春に新芽を出し、「春の七草」などと一緒に摘まんでしましそうな種で、幻覚や譫妄を惹起させる毒草というと、ナス目ナス科ハシリドコロ属ハシリドコロ Scopolia japonica が最も怪しい気がする。当該ウィキによれば、漢字表記は「走野老」が一般的で、『別名、キチガイイモ、キチガイナスビ』とあり、『本州から四国・九州にかけて分布する多年草』で、『山間の日陰などの湿った木陰に群生する。早春に』、『葉に包まれた新芽を出し、全長は』四十~五十センチメートル『程度に成長する。花期は』四月から五月で、『釣鐘状の暗紫紅色の花を咲かせる』(私の好きな花の一つである)。『夏先には休眠状態に入るため枯れる。夏から冬までは見ることができない典型的な春植物である』。『和名は、食べると錯乱して走り回ること、また、根茎がトコロ(野老)』(単子葉植物綱ヤマノイモ目ヤマノイモ科ヤマノイモ属 Dioscoreaの蔓性多年草の一群。食用のヤマノイモ Dioscorea japonica などと同属だが、根は食用に適さない。但し、灰汁抜きをすれば食べられる)『に似ていることから命名された』。『アルカロイド』(alkaloid)『類のトロパンアルカロイド』(Tropane alkaloid)『を主な毒成分とする有毒植物で、全草に毒があり』、『根茎と根が特に毒性が強い。中毒症状は、嘔吐、下痢、血便、瞳孔散大、めまい、幻覚、異常興奮などを起こし、最悪の場合には死に至る。これは、同じナス科のベラドンナ』(ナス科オオカミナスビ属オオカミナスビ Atropa bella-donna :種小名はイタリア語で「美しい女性」を意味する“bella donna” の読みそのままで、古くには女性が瞳孔を拡大させるための散瞳剤として、この実の抽出物を使用したことに由来する。本邦には自生しない。中世の毒薬としてかなり有名である)『などと同様の症状である。また、ハシリドコロに触った手で目をこすると』、『瞳孔が開き、眩しく感じられる』。『ハシリドコロのトロパンアルカロイドの成分』の幾つかは、『副交感神経を麻痺させるため、先述のような症状がおこる』。『日本では、江戸時代にフィリップ・フランツ・フォン・シーボルトが薬効に気付いたのが契機となり、以降』、『ベラドンナの代用品として用いられている』。以下、『間違えやすい山菜』の項(太字は私がしたもの)。『早春に』、『土から顔を出す新芽は』、『ハンゴンソウ』(キク目キク科キオン属ハンゴンソウ Senecio cannabifolius )・『フキノトウ』(キク科キク亜科フキ属フキ Petasites japonicus:「フキノトウ」は本種の春の新しい花茎を言ったもので、同一物である)・『オオバギボウシ』(単子葉植物綱キジカクシ目キジカクシ科リュウゼツラン亜科ギボウシ属オオバギボウシHosta sieboldiana )『と間違える事があり』、『葉は青々として食べられそうに見えるため』、『誤食されやすい』とあるのである。
「八年以前」寛文の前は万治(四年まで)。
「同所の『芹(ぜり)が澤《さは》』」長野県茅野市北山芹ケ沢(グーグル・マップ・データ)。御覧の通り、諏訪の東方の比較的近い位置にある。
「『雪わり』といふ草」「雪割草」は、複数の別種の異名としてあるのだが、比較的知られたものとしては、キンポウゲ目キンポウゲ科ミスミソウ属ミスミソウ Hepatica nobilis であるが、薬草ではあるが、強毒性はない。ところが、注の瓢簞から駒で、実は前に注した強毒性のあるハシリドコロの異名に「ユキワリソウ」があるのである。どこに書いてあるかって? まさに、ズバり! 「長野市」公式サイト内の「間違えやすい有毒植物 ハシリドコロ」だぜ!]
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