大和怪異記 卷之六 第十六 うかひ死期に惡相をあらはす事
[やぶちゃん注:底本は「国文学研究資料館」の「新日本古典籍総合データベース」の「お茶の水女子大学図書館」蔵の宝永六年版「出所付 大和怪異記」(絵入版本。「出所付」とは各篇の末尾に原拠を附記していることを示す意であろう)を視認して使用する。今回の本文部分はここ。但し、加工データとして、所持する二〇〇三年国書刊行会刊の『江戸怪異綺想文芸大系』第五の「近世民間異聞怪談集成」の土屋順子氏の校訂になる同書(そちらの底本は国立国会図書館本。ネットでは現認出来ない)をOCRで読み取ったものを使用する。
正字か異体字か迷ったものは、正字とした。読みは、かなり多く振られているが、難読或いは読みが振れると判断したものに限った。それらは( )で示した。逆に、読みがないが、読みが振れると感じた部分は私が推定で《 》を用いて歴史的仮名遣の読みを添えた。また、本文は完全なベタであるが、読み易さを考慮し、「近世民間異聞怪談集成」を参考にして段落を成形し、句読点・記号を打ち、直接話法及びそれに準ずるものは改行して示した。注は基本は最後に附すこととする。踊り字「く」「〲」は正字化した。なお、底本のルビは歴史的仮名遣の誤りが激しく、ママ注記を入れると、連続してワサワサになるため、歴史的仮名遣を誤ったものの一部では、( )で入れずに、私が正しい歴史的仮名遣で《 》で入れた部分も含まれてくることをお断りしておく。]
第十六 うかひ死期(しご)に惡相(あくさう)をあらはす事
ひぜんの国に、九郞右衞門といふものあり。鵜(う)をつかふをもつて所作(しよさ)とす。夜は、あみ、うち、ひるは、う、つかひ、あるひは[やぶちゃん注:ママ。]、水を、せきて、魚をとり、又は、
「此鵜を、かはむ。」
とて、龜をとり、石にあてて、うちころし、甲(かう)を、はなち、引《ひき》さきて、「ゑ」とす。
つかの間も、せつしやうせずといふこと、なし。
あるとき、熱病にくるしみ、
「あら、あつや、たへがたや、」
と、をめき、さけび、身は、ほのほのごとくなれば、あつさに、妻子も、よりつかず。
たゞ、なす事とては、
「がは」
と、をきては[やぶちゃん注:ママ。]、鵜の鳥の、かづける魚を、うつすとき、目をうヘに見つけ、くるしむていを、なし、龜の、水にうかべるていを、なし、石にて、うちころす時のていを、まなび、もんぜつ、びやくぢして、三日といふに、むなしくなれりとかや。國人物語
[やぶちゃん注:原拠は書名と採らず、「肥前の国の国人の物語り」と採る。
「熱病」ここに描かれるのは、平清盛の末期と同じで、熱性マラリアの典型的症状であり、最後のそれは、高熱によって脳が溶ける、その末期の発狂様態を、よく示している。
「をめき」「喚(をめ)く」で、元は「を」は擬声語、「めく」は接尾語で、その連語が動詞化したもの。「叫び声を上げる・わめく」である。
「かづける」「潛ける」(「潛く」は「被(かづ)く」と同語源)で、「水中にもぐる」或いは「水にもぐって、魚や貝などを捕る」の意。ここは後者。
「上に見つけ」上を恨めしそうに見つめて。
「まなび」「眞似(まね)び」に同じ。そっくりな動作をし。
「もんぜつびやくぢ」「悶絕躃地」。苦しみ悶えて転げ回ること。]