大和怪異記 卷之五 第八 蓮入雷にうたるゝ事
[やぶちゃん注:底本は「国文学研究資料館」の「新日本古典籍総合データベース」の「お茶の水女子大学図書館」蔵の宝永六年版「出所付 大和怪異記」(絵入版本。「出所付」とは各篇の末尾に原拠を附記していることを示す意であろう)を視認して使用する。今回の本文部分はここ。但し、加工データとして、所持する二〇〇三年国書刊行会刊の『江戸怪異綺想文芸大系』第五の「近世民間異聞怪談集成」の土屋順子氏の校訂になる同書(そちらの底本は国立国会図書館本。ネットでは現認出来ない)をOCRで読み取ったものを使用する。
正字か異体字か迷ったものは、正字とした。読みは、かなり多く振られているが、難読或いは読みが振れると判断したものに限った。それらは( )で示した。逆に、読みがないが、読みが振れると感じた部分は私が推定で《 》を用いて歴史的仮名遣の読みを添えた。また、本文は完全なベタであるが、読み易さを考慮し、「近世民間異聞怪談集成」を参考にして段落を成形し、句読点・記号を打ち、直接話法及びそれに準ずるものは改行して示した。注は基本は最後に附すこととする。踊り字「く」「〲」は正字化した。なお、底本のルビは歴史的仮名遣の誤りが激しく、ママ注記を入れると、連続してワサワサになるため、歴史的仮名遣を誤ったものの一部では、( )で入れずに、私が正しい歴史的仮名遣で《 》で入れた部分も含まれてくることをお断りしておく。]
第八 蓮入(れん《にふ》)雷(いかづち)にうたるゝ事
豊後国日田《ひた》に蓮入といふもの、あり。わかきときは辻切强盜(つじぎりがうどう)をしけるが、いかゞ思ひけん、六十五才にて、かしらをそり、黑衣(こく《え》)をきたれども、心は、むかしにかはらず。子、一人、孫、二人あり。
ある時、八歲になる孫をつれて、ちかき村にゆきけるに、折ふし、六月中旬の事なり。
にはかに、くろ雲、たちをほひ[やぶちゃん注:ママ。]、いなびかり、しきりにして、雷(いかづち)、天地もくづるゝばかりなり。
蓮入、大きにをそれ[やぶちゃん注:ママ。]、いづくをさすともしれず、にげかへる道は、上は、はたけ、下は田中筋《たなかすぢ》、十町ばかりの、ほそみちなり。
つゐに[やぶちゃん注:ママ。]、いかづち、此《この》なはて道(みち)に、をち[やぶちゃん注:ママ。]、車のごとくなる火、蓮入があとより、追《おつ》かくる。蓮入は、かさをさし、八歲になる孫を、ひだりのわきにつれ、そでを、かほにおほひゆく所に、此火、蓮入がうへをこすよ、と思へば、
「ひた」
と、ふして、うごかず。
しばしありて、そら、はれ、あめ、やみければ、其邊(ほとり)にゐけるもの共゙、蓮入が死骸に立《たち》より、見れば、やけくろみて、すみのごとし。
ひだりのわきに、うごく物あれば、ふしぎに思ひ、引《ひき》のけ、みれば、八歲になる孫、目、うちたゝき、あきれたる躰(てい)なり。
よくみるに、つゆほどのきずも、なし。
あくぎやくの蓮入は、ばつせられ、此子は、とがなければ、なにのつゝがもなし、と見えたり。「叢談」
[やぶちゃん注:原拠とする「叢談」は不詳。
「豊後国日田」現在の大分県日田市(グーグル・マップ・データ)。
「蓮入」不詳。
「十町」約一キロ九十一メートル。]
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