大和怪異記 卷之六 第十二 きつねばけそんじてころさるゝ事
[やぶちゃん注:底本は「国文学研究資料館」の「新日本古典籍総合データベース」の「お茶の水女子大学図書館」蔵の宝永六年版「出所付 大和怪異記」(絵入版本。「出所付」とは各篇の末尾に原拠を附記していることを示す意であろう)を視認して使用する。今回の本文部分はここと、ここ(ここにある右丁の挿絵は以前の話柄のそれで関係がない)。但し、加工データとして、所持する二〇〇三年国書刊行会刊の『江戸怪異綺想文芸大系』第五の「近世民間異聞怪談集成」の土屋順子氏の校訂になる同書(そちらの底本は国立国会図書館本。ネットでは現認出来ない)をOCRで読み取ったものを使用する。
正字か異体字か迷ったものは、正字とした。読みは、かなり多く振られているが、難読或いは読みが振れると判断したものに限った。それらは( )で示した。逆に、読みがないが、読みが振れると感じた部分は私が推定で《 》を用いて歴史的仮名遣の読みを添えた。また、本文は完全なベタであるが、読み易さを考慮し、「近世民間異聞怪談集成」を参考にして段落を成形し、句読点・記号を打ち、直接話法及びそれに準ずるものは改行して示した。注は基本は最後に附すこととする。踊り字「く」「〲」は正字化した。なお、底本のルビは歴史的仮名遣の誤りが激しく、ママ注記を入れると、連続してワサワサになるため、歴史的仮名遣を誤ったものの一部では、( )で入れずに、私が正しい歴史的仮名遣で《 》で入れた部分も含まれてくることをお断りしておく。]
第十二 きつねばけそんじてころさるゝ事
筑前福岡の城下より一里ばかりに、岡崎村(をかさきむら)といふ所、有《あり》。
此所《ここ》に、何がしといふもの、住居(すまゐ)せしが、ある日、薄暮(はくぼ)に及《およん》で、
「城下に用事あり。」
とて、出(いで)ゆきしに、夜に入《いり》て、ほどなく、たちかへり、
「先(さき)かたより、『來(く)るまじき』よし、とめに來《きた》る使(つかひ)に途中にて行《ゆき》あひ、かへりぬ。くたびれたれば、いぬるぞ。妻も、はやはや、ねよ。」
と、いひて、ねやに入《いり》、ふしたり。
其家の下女、これをみて、妻女を、かたはらによびて、
「あるじは、右の目しゐ給ひたるに、いまの人は、左の目しゐたり。不審なり。」[やぶちゃん注:「しゐ」はママ。後注参照。]
といふ。
妻女、おどろき、
「さらば、すかし出《いだ》してみむ。」
とて、
「にはかに、下女、はらをいたむあいだ、くすりをあたへ給へ。」
と、いひければ、
「くたびれたるに、むつかし。」
と、つぶやきながら出《いで》て、くすりをとり出《いだ》すをみるに、下女が、いふごとく、ひだりのまなこ、しゐたり。
『さては。うたがひなき、ばけものよ。』
と思ひ、
「はや、はらのいたみも、よし。やすみ給へ。」
とて、ねさせ、家内の戸、
「ひしひし」
と、たてこめ、妻女と下女と、前後より、たゝみかけて、うちころしみれば、さも、大《おほき》なるきつねなりしぞ。同
[やぶちゃん注:「犬著聞集」原拠。これは、幸いにして、後代の再編集版である神谷養勇軒編の「新著聞集」に所収する。「第十七 俗談篇」冒頭にある「鈍狐(どんこ)害(かい(がい))をかふむる」である。早稲田大学図書館「古典総合データベース」の寛延二(一七四九)年刊の後刷版をリンクさせておく。ここと、ここ。そこでは、「下女」が「年おひたる婆」で、狐を殺すシークエンスがより、リアルである。そこだけ電子化して示す。読点と記号を打った。歴史的仮名遣の誤りはママ。
*
ねやの戶をしめ、四方のかこみを厳しくたてこめ、脇指(わきざし)を卧(ふし)たる上より咽(のんど)にあて、姥(うば)は後(うしろ)より、たゝみかけ打たれば、「こんこん、くわいくわい、」と鳴(なき)し所をつき殺しける。又、家來(けらい)の者共は、供(とも)の狐を、たゝき殺しけり。未熟の狐にや。妖損(ばけそん)し[やぶちゃん注:「じ」。]けるこそ、おかしかりし。
*
原拠は本篇に近いものだろうが、これは「新著聞集」の勝利と言えよう。
「岡崎村」「筑前福岡の城下より一里ばかり」では見当たらない。
「目しゐ」「盲(めし)ふ」の連用形「めしひ」の誤りであろう。「目が見えない」の意で、この場合、下女(「新著聞集」では老婆)が、ちょっと見て判ったことから、瞳の色が正常な左目と異なっていたか、瞼を塞いであったか、眼帯をしていたものかと思われる。
「妻も、はやはや、ねよ。」「近世民間異聞怪談集成」では『妻もはやくねよ』と起こしているが、この部分(左丁の後ろから三行目の二字目以降)、崩しで「はや」と書いた後、続けることなく、「や」の最終』画の末の右手上から、改めて筆を起こして、「〱」となっている。「はやく」と書いたり、彫ったりする場合は、底本の他の箇所を見ても、「や」の最終画を下方に伸ばして繋げていることが多い。ここで一度、離して、徐ろに打っているのは、これがひらがなの「く」ではなく、私の嫌いな踊り字「〱」であることを示唆している。しかも、ここは、何故か「はやはや」とせかしている方が、話柄として仄かな妖しい言動としても生きてくるのである。
「すかし出してみむ」「騙(だま)して臥所から出させてみましょう!」。
「妻女と下女と、前後より、たゝみかけて」この場合は、敷布団を掛布団ごと、急に枕上とその反対から中央に体重を掛けて折り潰したことを言っていよう。]
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