大和怪異記 卷之五 第十一 猿身をなぐる事
[やぶちゃん注:底本は「国文学研究資料館」の「新日本古典籍総合データベース」の「お茶の水女子大学図書館」蔵の宝永六年版「出所付 大和怪異記」(絵入版本。「出所付」とは各篇の末尾に原拠を附記していることを示す意であろう)を視認して使用する。今回の本文部分はここと、ここと(ここにある挿絵は紛らわしいが、先行する「第五 猿人の子をかりてをのれが子の敵をとる事」のものなので本篇のものではないので注意)、ここ。但し、加工データとして、所持する二〇〇三年国書刊行会刊の『江戸怪異綺想文芸大系』第五の「近世民間異聞怪談集成」の土屋順子氏の校訂になる同書(そちらの底本は国立国会図書館本。ネットでは現認出来ない)をOCRで読み取ったものを使用する。
正字か異体字か迷ったものは、正字とした。読みは、かなり多く振られているが、難読或いは読みが振れると判断したものに限った。それらは( )で示した。逆に、読みがないが、読みが振れると感じた部分は私が推定で《 》を用いて歴史的仮名遣の読みを添えた。また、本文は完全なベタであるが、読み易さを考慮し、「近世民間異聞怪談集成」を参考にして段落を成形し、句読点・記号を打ち、直接話法及びそれに準ずるものは改行して示した。注は基本は最後に附すこととする。踊り字「く」「〲」は正字化した。なお、底本のルビは歴史的仮名遣の誤りが激しく、ママ注記を入れると、連続してワサワサになるため、歴史的仮名遣を誤ったものの一部では、( )で入れずに、私が正しい歴史的仮名遣で《 》で入れた部分も含まれてくることをお断りしておく。]
第十一 猿(さる)身をなぐる事
豐前国小倉に、茂右衞門とて、「さるまはし」あり。母ざる・子猿を、かひける。
つねに、子ざるを、ふところにいれ、所々にて、いだし、乳(ち)をのましめけり。されども、此子ざるに、心ひかれてや、おもふやうに、まはず。
茂右衞門、はらをたて、あるとき、子猿を、やどにをき[やぶちゃん注:ママ。]、母さるをつれ、あなたこなた、まはし、ありく。
ひる程にもなれば、をのれ[やぶちゃん注:ママ。]が乳のはりたるに、子猿を思ひ出し、うつぶして、物をあんじたるていにて、いかにうて共゙、まはず。
茂右衞門も、さすがに不便(《ふ》びん)に思ひ、家ぢにかへるとて、一、二町前より、つなを、ゆるしければ、いそぎ、家にかへりける。
茂右衞門も、ほどなくかへりみれば、此子さる、火(ひ)に入(いり)て、やけ死(し)したり。
母猿、ふるきわたを、ひねり、子ざるのほぞにをき[やぶちゃん注:ママ。]、火を、三門、すへて、もはや、よみがへらぬ事を思ふにや、もだえ、こがれ、なきさけびしが、死《しに》たる子ざるをかゝヘて、裏口(うらぐち)にいで、
『いかにするぞや。』
と思ひ、行《ゆき》てみれば、此子をいだきながら、井《ゐ》にとび入《いり》て、死しぬ。
茂右衞門、これをみて、
「かゝる畜類といへ共゙、恩愛の情(なさけ)、人に、かはらず。我も又、年月、かれにやしなはれ、其恩も有《あり》。」
とて、是を、ぼだいのたねとして、かみをそり、念佛まうし、一生を過(すぐ)しけるとぞ。同
[やぶちゃん注:「同」は前話と同じ不詳の「怪事考」。
「一、二町」約百九~二百十八メートル。
「ほぞ」臍。
「三門」「門」は助数詞。一般には火砲の数を数えるのに用いるが、ここは灸のそれ。なお、灸では、臍の位置の真後ろの背骨の位置に「命門(めいもん)」という、生命の働き全般に関わるツボがあるから、見よう見真似でそれを臍に据えたものか。プレに涙を誘うシークエンスである。]
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