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2023/01/04

芥川龍之介書簡抄150 追加 明治四五(一九一二)年七月二十日 井川恭宛(全文英文)・オリジナル邦訳附き

 

明治四五(一九一二)年七月二十日・出雲國松江市田中原町 「井川恭君」・「親披」

 

July, 20, 1912.  

              My dear friend

   I thank you for a letter so warm and kind.

   At 7 o’clock, this evening, I imagine I see you with your mother sister and brothers, talking and laughing. Certainly you talk most delightfully, floating hearty smile on your brown cheeks, sunburned like a olive-nut, while at times your little brothers throw a jest at which nobody (even your mother and sister) can help laughing. The laughter ring like a silver-bell,  in the yellowish lamplight, the sweet smell of flowers and the chirping of crickets,-at this time l was writing this letter in my sultry library, sweating and being bitter by mosquitoes. Have pity on me!

 The summer in Tokio is awfully detestable. The red sun, shining like a white heated iron, pours its light and heat over the thirsty earth, which stares the cloudless sky with the bloodshot eyes. Chimney, walls, houses, rails and pavements, everything on the ground grins and groans from its hellish anguish. (Perhaps you can hardly understand how disgustful the summer in Tokio is, and you feel rather ridiculous my extreme hatred of summer). To think of poetry or life or eternity in this horrid heat and tumult, is quite impossible. I feel like a flying-fish, fallen unluckily on the deck of a ship and dying there.  Besides, I am greatly annoyed by dust, smell of stated fishes, hums of insects, hateful feature of Yamori and Tokage, and the most dreadful Ka.  ln short, The Queen of Summer who is favourable to you, treats rne very cruelly.

   I read Yussenkutu, dreaming of a fairyland of sunshine and peach-blossoms, where reality turns into a delicious dream and suffering into a life of luxurious pleasure. I wish to forget everything, vulgar and common, in this charming magic land and to live a life, not of men and women, but of gods and goddesses, under the sapphirine sky of this fairyland, enveloped with the perfume of snowwhite pear-blossoms, with the poet of this fantasia, Chobunsei.

   Don’t laugh at my childish fantasy!  This is my little kingdom where the mysterious moon shines above the mysterious land. I dream a dream day and night, a dream of primrose-colour, and in this dream, (this is my ivory tower)I find my happy sadness,  lonely but sweet,  forlorn but agreeable.  “The blue lotus of mystery” said one of the Old-Indian poets, “blossoms only in the milky evening mist of fantasy.” There are only sciences and arts ; and there is no science without the sciences of “Müssen”.  You may as well call history, logic, ethic, philosophy and etc. “arts” as call music and painting “arts”. Fauns and nymphs, dancing in the bright moonlight of the glen in which, red roses and yellow narcisusses blossom, sing cheerful songs and blow silver flutes, while historians and philosophers, with grey heads and wrinkled faces, engage in their so called scientific research. The fauns’ song and the historians’ study are quite same, without the only slightest difference between them: that the former is charming but the latter awfully tedious.

    A pale green moth came and sat on my shoulder. Outside the window, the oaktrees are rustling very quietly in the evening twilight of July. The smell of hay ―― the dull moo of the cows ―― the yellow new moon-Night is coming on with it’s thoughts and dreams.

   Now I must light the lamp and sup with my old father and mother.

                                          Yours truly

                                                   R. Akutagawa    

   P.S. Beardsley's Salome is extraordinarily dear. I found it yesterday in the shop of a second-hand book-seller; it was 7 yen.

 

[やぶちゃん注:機械翻訳と筑摩版全集類聚の脚注の全訳(これはちょっと見た目をよくするために難しいところを意訳にし過ぎている感じがしたので実際には殆んど参考にしなかった)を参考に芥川龍之介の書簡らしくするために歴史的仮名遣と正字表現で訳しておく。一部の丸括弧は本文に入れ込んだ。【2023年1月23日追記】恒藤恭「旧友芥川龍之介」全文一括電子化注(PDF縦書ルビ版)を作成中、不具合があるため、以上の英文書簡を別にPDF化する必要が生じたので、サイト内に『●恒藤恭「旧友芥川龍之介」の「芥川龍之介のことなど」の一括 PDF 版内の「十三 英 文 書 簡 一 通」の章のための芥川龍之介英文書簡(PDF による補完分)』という横書PDFファイルを作成した。以上のブログの欧文活字は気に喰わないので、それを追加リンクしておく。

   *

 

一九一二年七月二十日。

     僕の親愛なる友へ

 とても溫もりのある優しい手紙をありがたう。

 今宵、七時、君が、君の御母樣と妹や弟たちと一緖になつて、話したり、笑つたりしてゐるのを想起してゐるところだ。確かに君はとても樂しそうに話し、橄欖(オリーブ)の實のやうに日燒けした褐色の頰に、心の籠つた笑顔を浮かべてゐる。銀色の鐘のやうな笑ひ聲、黃色味がかつたランプの明かり、花々の甘い香り、蟋蟀(こほろぎ)たちの鳴き音(ね)――この時、僕はこの手紙を、蒸し暑い図書館で、汗をかきつつ、蚊どもに刺されながら、書いてゐるのだ。そんな僕に、どうか、同情されんことを!

 東京の夏は途轍もなく忌まはしいものだ。眞白(まつしろ)に溶けた鐵のように輝く赤い太陽は、血走つた目で、雲一つない空を凝視しつつ、その光と熱を、渇いた大地に注ぎ込んでゐる。煙突・壁・家屋・レール・舗道、地面にある總ての物は、地獄の如き苦惱から、おぞましい哄笑と呻(うめ)き聲を擧げてゐる(君には東京の夏がどれほど嫌なものか、殆んど理解出來ないだらうし、又、僕が極度に夏を憎んでゐることを、馬鹿げてゐると感じてゐるかも知れないが)。この恐ろしい暑さと騷擾の中で、詩や人生・永遠について考察することは、全く以つて不可能な事だ。運惡く船の甲板に落ちて死んでしまつた飛魚(とびうを)のやうな氣分だ。其上、僕は、塵埃、御定まりの饐(す)えた魚の臭(にほひ)、蟲どもの唸(うな)り聲、守宮(やもり)と蜥蜴(とかげ)の嫌惡を感じさせるあの形相(ぎやうさう)、そして、最も恐ろしい蚊に、大いに惱まされてゐる。つまりは、君に好意を持つてゐるあの夏の女王は、僕を酷(ひど)く殘酷に扱ふのだ。

 斯くして僕は、其現實が、極上の美味(うま)さを持つた夢に變じ、世上の齎(もたら)す苦しみが、贅澤な喜びの人生に變容する、太陽と桃の花の御伽の國を夢見んが爲、「遊仙窟」を讀んだ。此魅力的な魔法の土地で、僕は、この下品で陳腐極まりない対象を總て忘れて、人生を生きたいと思つた。この幻想曲(フアンタジア)の詩人張文成と一緖に、男と女ではなく、神と女神が、此妖精國(フエアリイランド)の蒼玉(サフアイア)色をした空の下、白雪(しらゆき)色の桃の花の香りに包んで吳れた。

 僕の稚拙な幻想(フアンタジイ)を笑つて吳れるな! 此處は不思議な大地の上に不思議な月が輝く僕の小さな王國なのだ。僕は晝も夜も夢を見てゐる、櫻草の色をした夢(之は僕が幸せな悲しみだと判る「象牙の塔」なのだ)の中で、僕は孤獨であるが、甘美な、そして、侘しくはあるが、心地よい悲しみを見出したのだ。古代印度の詩群の中にある「神祕の靑い蓮の花」は、「幻想の乳白色の夕方の霧の中にだけ咲く花だ」と言つてゐる。其處には眞の科學と藝術だけが在る。Müssen(ミユツセン)無しに科學は在り得ない。歷史・論理・倫理・哲學等の「藝術」は、音樂や繪畫をのみを名指して「藝術」と呼ぶ。赤い薔薇や黃水仙(きずいせん)の花が咲き誇る峽谷の、明るい月明かりの中で踊るフアウヌスと妖精(ニンフ)は、陽氣な歌を唄ひ、銀のフルートを吹くのに、それを、くすんだ灰色の白髮頭と皺の寄つた顔の歷史家や哲學者は、謂ふ所の科學的探究なるものをやらかしてゐる。フアウヌスらの歌と歷史家の硏究は、これ、全く同じものであり、それらの間には纔かな相違さへない。にも拘はらず前者は魅力的であるが、後者は恐ろしく退屈である。

 淡い綠色の蛾が一匹やって來て、僕の肩にとまつた。 窓の外では、樫の木が七月の夕暮れに靜かにざわめいてゐる。乾し草の匂ひ――牝牛(めうし)のものうい啼き聲――黃色い新月――想(おも)ひと夢を乘せて、夜がやつて來る。

    扨これから僕はランプを灯して年老いた父と母と一緖に食事を攝らなければならぬ。

                   頓首

 追伸 ビアズリーの「サロメ」は法外な高價(たかね)だ。 僕は昨日、古本屋で見つけたのだが、實に七円もした。

 

   *

「一九一二年七月二十日」この十日後、明治天皇が崩御し、明治四十五年は大正元年となった。龍之介は一高二年次二学期終了時で、満二十歳であった。新全集の宮坂年譜を見ると、この年の五月二十二日の条に井川(=恒藤)と深夜まで話し込んだとあり、翌二十三日(火曜日)の朝には『井川と上野に出かけ、音楽学校や博物館の近辺を散策する。夕方、再び井川と神田に出かけ、ニコライ堂を訪れる。駿河台の交差点で井川別れた後、広瀬雄』(たけし:三中時代の恩師。英語学者)『宅を訪ねる。午後』八『時頃、井川が迎えに来たので、二人で帰り、前日同様、床の中で深夜まで話し込んだ』とあり、井川との親近性が如実に見てとれる。なお、この七月下旬に龍之介は夏季休暇で退寮しており、この七日前には自宅でオスカー・ワイルドの中短編小説集「アーサー・サビル卿の犯罪その他」(‘Lord Arthur Savile's Crime and Other Stories’:一八九一年)を読了している。

「遊仙窟」初唐の小説。一巻。作者張鷟(ちょうさく 生没年不詳)は七世紀末から八世紀初めの流行詩人で、字(あざな)は文成。寧州襄楽県尉・鴻臚寺丞・司門員外郎などに任ぜられた官人であった。物語は、主人公の「張生」(作者)が黄河上流の河源に使者となって行ったとき、神仙の岩窟に迷い込み、仙女の崔十娘(さいじゅうじょう)とその兄嫁の王五嫂(おうごそう)の二人の戦争未亡人に一夜の歓待を受け、翌朝名残を惜しんで別れるという筋。文体は華麗な駢文で、その間に八十四首もの贈答を主とする詩を挿入し、恋の手管(てくだ)を語らせてある。また、会話文には当時の口語が混じっている。本書は中国では早くに散逸したが、本邦には奈良時代に伝来して、「万葉集」に、天平年間(七二九年~七四九年)の大伴家持が坂上大嬢(さかのうえのおおいらつめ)に贈った歌のなかに、既にその影響があり、天平五(七三三)年の山上憶良の「沈痾自哀文」(ちんあじあいのぶん)などにも引用されてある。その他にも「和漢朗詠集」・「新撰朗詠集」・「唐物語」・「宝物集」などにも引用され続け、江戸時代の滑稽本や洒落本にも影響を与えた極めて古くからの人気作品であった(以上は小学館「日本大百科全書」に拠った)。

『古代印度の詩群の中にある「神祕の靑い蓮の花」は、「幻想の乳白色の夕方の霧の中にだけ咲く花だ」』原拠不詳。見つかったら、追記する。

「Müssen(ミユツセン)」筑摩版脚注では『「当為」』としている。「当為」は所謂、哲学用語で、ドイツ語の“Sollen”(ゾルレン)の訳語である。「現に確かに存在すること」・「必然的であること」であるが、概ね、「ありうることに対して、かくあるべし、かくすべしとしてその実現が要求されること」を指すとされる。一般に「存在すること」を意味する“Sein”(ザイン)の対語とされる。しかし、調べてみると(私はドイツ語は判らないので、ネットの複数の記載や論文を見た)、この“Müssen”は“Sollen”と同義ではなく、寧ろ、時に対語とされることが判った。則ち、ドイツ語としての本語は“Sollen”と同系統の「必要性」の意味であるものの、サイト「RIKA MUSEUM」の「ドイツ語学習」のこちらによれば、『müssen は sollen よりも強制力が強い』とあり、哲学論文の中では“Müssen”を「当為」と訳すのは誤りであるといった記述もあった。ただ、古く明治初期のドイツ哲学の訳書でそれらが、この「当為」に一緒くたにされて訳された経緯はあるらしいから、「当為」の訳は誤りとは言えないようではあるものの、本来は、「ミュッセン」は「ザイン」よりも遙かに「かくあるべきでなければならない」度が強い語である以上、「当為(當爲)」の和訳は敢えて避けた。

「フアウヌス」ローマ神話の家畜と田野や森を守る男神ファウヌス。中世以降にはギリシャ神話の官能的な半人半獣の自然の男性の精霊サテュロス(satyr)と混同された。

『ビアズリーの「サロメ」』ヴィクトリア朝の世紀末美術を代表するイギリスの画家オーブリー・ヴィンセント・ビアズリー(Aubrey Vincent Beardsley  一八七二年~一八九八年:結核により二十五歲で早逝した)が挿絵を描いたオスカー・ワイルドの戯曲「サロメ」(Salomé)の一八九四年に出版された英訳版(初版は一八九一年にフランス語で書かれ、一八九三年にパリで出版されている)。ウィキの「オーブリー・ビアズリー」によれば、一八九三年に六月に『パリから帰国後、オスカー・ワイルド作』の「サロメ」の『挿絵を描く契約を結ぶ(本来』、『ビアズリーはこの作品の英訳者になることを望んでいたが』、『叶わなかった)。この作品の挿絵を描くように慫慂したのは作者ワイルド自身だったが、ビアズリーの絵は「僕の劇はビザンチン的なのに、ビアズリーの挿絵はあまりに日本的だ」との理由により、ワイルドには気に入らなかった。作者を揶揄する内容の数枚の挿絵もワイルドを怒らせた』とあるのは、かなり有名なエピソードである。]

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