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2023/01/14

恒藤恭「旧友芥川龍之介」 「芥川龍之介書簡集」(九) (標題に「八」とあるのは誤り)

 

[やぶちゃん注:本篇は松田義男氏の編になる「恒藤恭著作目録」(同氏のHPのこちらでPDFで入手出来る)には初出記載がないので、以下に示す底本原本で独立したパートとして作られたことが判る。書簡の一部には恒藤恭の註がある。書簡数は全部で三十通である。ただ、章番号には以下のような問題がある。実はこの前後、「六」の後が「八」となってしまって、その次が「七」、その後が再び「八」となって以下が「二十九」まで続くという誤りがある。私のこれは、あくまで本書全体の文字部分の忠実な電子化再現であるから、それも再現する。

 底本は「国立国会図書館デジタルコレクション」の「国立国会図書館内/図書館・個人送信限定」の恒藤恭著「旧友芥川龍之介」原本画像(朝日新聞社昭和二四(一九四九)年刊)を視認して電子化する(国立国会図書館への本登録をしないと視認は出来ない)。

 本「芥川龍之介書簡集」は、底本本書が敗戦から四年後の刊行であるため、概ね歴史的仮名遣を基本としつつも、時に新仮名遣になっていたり、また、漢字は新字と旧字が混淆し、しかも、同じ漢字が新字になったり、旧字になったりするという個人的にはちょっと残念な表記なのだが、これは、恒藤のせいではなく、戦後の出版社・印刷所のバタバタの中だから仕方がなかったことなのである。漢字表記その他は、以上の底本に即して、厳密にそれらを再現する(五月蠅いだけなのでママ注記は極力控える)。但し、活字のスレが激しく、拡大して見てもよく判らないところもあるが、正字か新字か迷った場合は正字で示した。

 なお、向後の本書の全電子化と一括公開については、前の記事「友人芥川の追憶」等の冒頭注を参照されたい。

 また、私は一昨年の二〇二一年一月から九月にかけてブログ・カテゴリ「芥川龍之介書簡抄」百四十八回分割で芥川龍之介の書簡の正規表現の電子化注を終えている。そちらにあるものについては、注でリンクを示し、注もそちらの私に譲る。但し、以上に述べた通り、表記に違いがあるので、まず、本文書簡を読まれた後には、正規表現版と比較されたい。

 各書簡部分はブログでは分割する。恒藤恭は原書簡の表記に手を加えている。上付きアラビア数字は恒藤が附した注記番号。

 なお、この書簡は岩波旧全集では『〔前缺〕』とあったので、私は不完全書簡として電子化をしなかった。しかし、今回の恒藤恭のこの「旧友芥川龍之介」の「芥川龍之介書簡集」にも、やはり前部分欠損のままに(但し、その注記はない)収録されており、現在、最も新しいデータである岩波文庫石割透編「芥川竜之介書簡集」にも同じく前欠損で収録されている(同文庫は岩波の忌まわしい新字の新全集が典拠)ことから、この書簡は恒藤自身が、前部分を紛失して完全形は最早、期待出来ないことが判ったので、以下の電子化に先だって、先ほど、岩波旧全集底本で電子化注をして、「芥川龍之介書簡抄152 追加 大正三(一九一四)年三月十九日 井川恭宛」として公開した。まず、そちらを読まれる方がよかろうと思う。注無しに読むのは、かなりきついと思われるからである。

 

    (大正三年三月 新宿から京都へ)

 

 新思潮の二号を送つた。

 井出と云ふのは土屋、松井と云ふのは成瀨だ。六号にある記事は皆久米のちやらつぽこだから信用してはいけない。僕一人の考へでは大分下等のやうな氣がして不平がないでもない。三号へは山本勇造氏が大へん長いDRAMA[やぶちゃん注:原書簡では小文字。]をかいたので久米が俑[やぶちゃん注:「よう」。人形(ひとがた)。原書簡の私の後注を参照。]を造つたのを悔いてゐる。

 比頃も不相変不愉快だ。新思潮社の同人とも水と油程でなく共[やぶちゃん注:「とも」。]、石油と種油にはちがつてゐる 併しどう考へても、あるがまゝの己が最も尊いやうな氣がする(人の EINFLUSS をうけやすい人間だけに余計こんな氣がするのかもしれないが)。ひとりで本をよんだり、散步したりするのは少しさびしい。

 

 胃病が[やぶちゃん注:原書簡ではここに「又」と入る。]少し起つた。休みはどうしやうかと思つてゐる。

 成瀨や佐藤君は一高の應援隊を利用して、汽車賃割引で京都へゆくと云つてゐる。

 石田君が大へん勉强してゐる。來年はきつと特待になると云ふ評判である。前より少し靑白くなつたやうな氣もする。[やぶちゃん注:以下に石田への悪口があるが、恒藤恭によってカットされており、以下に続くはずの二段落分もカットされてしかも詰めてある。]

 佐藤君はフロオべールとドストエフスキーをよんでゐる。谷森君とは每日大抵一緖にかへる。相不変堅実に勉强してゐる。谷森君のおとうさんは貴族院の海軍予算修正案賛成派の一人ださうだ。尤も内閣の形勢が惡くなる前は權兵衞をほめてゐたが、風向がかはると急に薩閥攻擊にかはつたんだから、少しあてにならない賛成家らしい。

 時々山宮さんと話しをする アイアランド[やぶちゃん注:ママ。]文学を硏究してゐる ひとりで僕をシング(小山内さんにきいたらシングがほんとだと云つた)の硏究家にきめていろんな事をきくのでこまる。アイアランド文学号を出すについても、グレゴリーの事をかく人がなくつてこまつてゐる。著書が多いから仕末が惡いのだらう。

 

 畔柳さんの会は相変らずやつてゐる。今度はダンヌチヨださうだ。

 前には遠慮をしてしやべらなかつたが、僕も此頃は大分しやべる。鈴木君と石田君とが一番退屈な事を長くしやべる。其度に畔柳さんにコーヒーと菓子の御馳走になる。何でもその外に畔柳さんは三並さんや速水さんや三浦さんと一緖に觀潮何とかと云ふ会をつくつて、一高の生徒を聽衆に月に一回づつ講演をしてゐるさうだ。

 芝の僕のうちの井戶の水が赤つちやけてゐて、妙にべとべとする。昔から何かある井戶だと云つてゐたが、此頃衞生試驗所へ試驗を願つたら、わざわざ出張してしらべてくれた。試驗の結果によると、ラヂウムエマナチオン[やぶちゃん注:原書簡では「ラヂウム」と「エマナチオン」の間に一字空けがある。]があつて、麻布にあるラヂウム泉と同じ位の强さだと云ふ。芝のうちのものは皆每日湯をわかしてははいつてゐる。今にこの井戶が十万円位にうれたら僕を洋行させてくれるさうだ。

 

 うちの二階からみると、枯草の土手の下にもう靑い草が一列につづいてゐる。欅の枝のさきにもうす赤い芽が小さくふいて來た。春の呼吸がすべての上をおほひ出したのだと思ふ。雨にぬれた土壤からめぐむ艸のやうに心の底の暖みから生まれるともなく生まれる「煙」のやうなものに、出來るなら形を與へたい。僕は此頃になつてよんでゐるツアラトストラのアレゴリーに限りない興味を感ぜずにはゐられない。

 時々自分のすべての思想、すべての感情は[やぶちゃん注:原書簡ではここに「悉」(ことごとく)と入っている。]とうの昔に他人が云ひつくしてしまつたやうな氣がする。云ひつくしてしまつたと云ふより、その他人の思想、感情をしらずしらず自分のもののやうに思つてゐるのだらう。ほんとうに自分のものと称しうる思想、感情はどの位あるだらうと思ふと心細い。オリギナリテートのある人なら、こんな心細さはしらずにすむかもしれない。

 

 時々又自分は一つも思つた事が出來た事のないやうな氣もする。いくら何をしようと思つても、「偶然」の方が遙に大きな力でぐいぐい外の方へつれ行つてしまふ。全体自分の意志にどれだけ力があるものか疑はしい。成程手や足をうごかすのは意志だが、その意志の上の意志が自分の意志に働きかけてゐる以上、自分の意志は殆[やぶちゃん注:「ほとんど」。]意志の名のつけられない程貧弱なものになる。其上己の意志以上の意志が國家の意志とか社会の意志とか云ふものより更に大きな意志らしい氣がする。何故ならば國家の意志なり社会の意志なりを究極[やぶちゃん注:原書簡では「屈竟」。]の意志とすれば、その上に與へらるる制限の理由を見出す事が出來ない(それがベシュチムメンせらるゝ理由を見出す事が出來ない)からだ。事によると自由と云ふものは絕対の「他力」によらないと得られないものかもしれない。

 

 此頃別樣の興味を以てメーテルリンクの戲曲がよめるやうになつた。空氣のやうに透明な戲曲だ。全体の統一を破らない爲には注意と云ふ注意を悉く拂つてある戲曲だ。美と云ふものに対して最注意ぶかい、最敏感な作者のかいた戲曲だ。それでゐて、おそろしい程 EFFECT がある。僕は其上にあの「ランプのそばの老人」の比喩を哂つた[やぶちゃん注:「わらつた」。]アーチヤーを哂ひたいとさへ思ふ事がある

 独乙語の試驗の準備をするからやめる。あさつて試驗。      龍

 

[やぶちゃん注:最終段落の「EFFECT」は、原書簡では、この部分だけ縦書欧文となっているが、底本はここも横書となっている。]

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