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2023/01/01

「續南方隨筆」正規表現版オリジナル注附 「話俗隨筆」パート 蟲を搔き出して病を療す / 2023年書初電子化注

 

[やぶちゃん注:「續南方隨筆」は大正一五(一九二六)年十一月に岡書院から刊行された。

 以下の底本は国立国会図書館デジタルコレクションの原本画像を視認した。今回の分はここから次のコマにかけて。但し、加工データとして、サイト「私設万葉文庫」にある、電子テクスト(底本は平凡社「南方熊楠全集」第二巻(南方閑話・南方随筆・続南方随筆)一九七一年刊)を使用させて戴くこととした。ここに御礼申し上げる。疑問箇所は所持する平凡社「南方熊楠選集4」の「続南方随筆」(一九八四年刊・新字新仮名)で校合した。

 注は文中及び各段落末に配した。彼の読点欠や、句点なしの読点連続には、流石に生理的に耐え切れなくなってきたので、向後、「選集」を参考に、段落・改行を追加し、一部、《 》で推定の歴史的仮名遣の読みを添え(丸括弧分は熊楠が振ったもの)、句読点や記号を私が勝手に変更したり、入れたりする。漢文脈部分は後に推定訓読を添えた。

 標題であるが、「選集」では「虫を搔き出して病を療ず」なのであるが、本底本では、「目次」でも「療す」で濁っていないので、そのままとする。]

 

      蟲を搔き出して病を療す (大正二年九月『民俗』第一年第二報)

 

 「空華日工集」卷二、『七月七日、有一道人至、且調剔ㇾ虫治ㇾ瘡、座中有ㇾ僧、令ㇾ治癬瘡、道人剔ㇾ虫無數、其長或二分三分、如片白糸、入ㇾ水則首尾皆動、蓋妙手也云々〔永和元年七月七日、一道人(いちだうじん)の至る有り、且つ、調(ととの)へて、虫を剔(えぐ)り、瘡(かさ)を治(いや)す、と。座中に、僧、有り、㿍瘡(かいさう)を治(いや)させしむるに、道人、虫を剔ること、無數なり。其の長さ、或いは、二分、三分にして、片白(かたしろ)の絲のごとし。水に入るれば、則ち、首・尾、皆、動く。蓋(けだ)し妙手なり云々〕。今は知《しら》ず、三十年斗り前迄、紀州で眞言僧・山伏など、疳病の兒に、手を握らせ、加持して、手を開かせば、白き蟲、蠕《うごめ》くを、「疳の蟲、出《いで》たり。」とて、取捨《とりす》て、病は治れり。又、齒痛の患者の耳より、頰邊《ほおあたり》を撫で、細き虫、多く、紙の上に落ちて、痛み、卽ち去《さつ》た。拙妻、幼き時、之を驗《ため》せしに、蟲と見えたは葱の種子だつた、と語る。佛經に、諸病は身内の蟲の所作とした說が多い。例せば、唐譯「大寶積經」五七に、人、生まれて、七日なれば、身内、卽ち、八萬戶虫あり。日夜諸部を噉食《くらひしよく》し、身をして、熱惱・羸瘦《るいさう》[やぶちゃん注:疲れ果てて痩せ弱ること。]・疲困・飢渴せしむと有《あつ》て、虫の名と、其食ふ部分を擧居る。「禪祕要經」には、遙かに精《くは》しく出居《いでを》り、それを讀むと、丸で虫から起らぬ病迚《とて》はない樣で、梁朝頃に譯したと云う「陀羅尼雜集」にも、疳や齒痛を虫の所爲《しわざ》とし、各々其咒がある。

 「嬉遊笑覽」七に、『「太上三戶中經」云、人之生也、皆寄形於父母胞胎飽味五穀精氣、是以人之腹中、各有三戶九蟲、爲人大害。』〔「太上三尸中經」に云はく、『人の生まるるや、皆、形を父母の胞胎(はうたい)に寄り、飽くまで五穀の精氣を味ふ。是(ここ)を以つて、人の腹中には、各々、「三尸九蟲(さんしきうちう)」有りて、人の大害と爲(な)る』と〕。此蟲、庚申の日、天に上り、人の善惡を天帝に告《つぐ》るより、吾邦にも「庚申待ち」の事、行なはる、と有る。尸《し》と戸《こ》と字似たるより、考《かんがふ》ると、この道家の「三尸九蟲」は、佛家の「八萬戸蟲」に傚《なら》ふて云出《いひだ》したものか。兎に角、最初は、人身に住んで、諸病を起こす「虫」と云《いふ》たが、後には、人の善惡を監視報知する「鬼」と立てられたのだ。「本草綱目」抔を見ると、支那の蠱蟲《こちう》や金蠶《きんさん》抔、虫でもあり、鬼でも有る樣な者で、佛典に醫王耆婆《いわうぎば》が、諸病人の體から、蜈蚣(むかで)等の虫を拔出《ぬきだ》し、全快せしめた中には、亡夫の魂が爬虫と成《なつ》て若後家の陰部に棲み、煩悶せしめた等の例もある(一九〇六年板「フォン・シェフネル」「西藏諸話」英譯、一〇二頁)。

 扨、虫を拔出《ぬきだ》して病《やまひ》を療じ得るてふ信念は、亞細亞のみに行なはるゝに非ず、例せば、「ベイツ」の「亞馬孫河畔博物學者(ゼ・ナチユラリスト・オン・ゼ・リヴアー・アマゾンス)」(一八六三年板)九章に、「ムンヅルク」人は原因の分からぬ病を、孰れも患部に住む虫の所爲とし、術士に賴み拔き出さしむ。術士、尤(いと)祕密げに、大きな葉卷煙草を作り、其煙を患部に吹掛《ふきか》けた後、そこから虫を吸出《すひだ》す。著者、之を視ると、虫と云《いふ》のは、實に、或植物の氣根だつた、と有る。濠州土人の術士は、或病は、鬼が、石を病人に抛《なげ》たから起り、或病は、他村の術士が、病人の内部を、銳い石で切り裂いたに因る抔、言《いひ》て、患部から、其石を吸出し、又、火傷から、木炭片を吸出して見せ抔し、又、諸病人の患部を撫で、皮下に物有るを確めた上、布片《ぬのきれ》を押宛《おしあて》て引離《ひきはな》し、開いて、石英や骨・木皮・玻瓈珠《ガラスだま》抔を出し、「是が病源だつた。」と言ふ由(一九〇四年板、「ハヰット」「東南濠州土民(ネチブ・トライブス・オブ・サウスイースト・オーストラリヤ)」三七九頁以下)。

[やぶちゃん注:「空華日工集」(くうげにっくしゅう:現代仮名遣)本邦の南北朝時代の禅僧で詩人としても知られた義堂周信(ぎどうしゅうしん)の日記。正しくは「空華日用工夫略集」或いは「空華老師日用工夫集」と呼ぶ全十巻。正中二(一三二五)年の誕生から元中五/嘉慶二 (一三八八)年の晩年にいたるまでを、日記形式で要点を抄出したもの。その生涯を知るに便利なばかりでなく、当時の禅宗の様相及び将軍足利義満の行状や、室町幕府の政治を知る上で有益にして貴重な史料である。国立国会図書館デジタルコレクションの活字本「続史籍集覧」第三冊の同書巻二のここ(右ページ三行目)で校合した。永和元年は北朝の元号で、南朝は天授元年、ユリウス暦一三七五年。

「道人」仏教・修験道など広義の修行者・山伏。

「㿍瘡」「疥癬」(かいせん)「濕瘡」(しっそう)。節足動物門鋏角亜門蛛形(クモ)綱ダニ目無気門(コナダニ)亜目ヒゼンダニ科ヒゼンダニSarcoptes scabiei var. hominis が寄生することによって発症する伝染性皮膚感染症。本種はヒトにのみ限定的に寄生し、ヒトの皮膚角層内にトンネル状の巣穴を掘って棲息する。主症状は概ね夜間の激烈な痒みで、不眠の原因ともなる。初期には指間部・手首及び肘の屈曲面・腋窩の襞・ベルトに沿ったウエストライン・殿部下方等に紅色の丘疹が現れる。この丘疹は体の如何なる部位にも拡大可能であるが、通常、成人では顔面に出現することはない。ヒゼンダニの形成するトンネルは微細な波状を成し、やや鱗状の屑を伴う細い線として認められ、その長さは数ミリメートルから一センチメートル程度で、一方の端にはしばしば小さな黒い点(ヒゼンダニ本体)を認め得る(病態については万有製薬の「メルクマニュアル」の「疥癬」の記載を参照した)。

「二分、三分」六~九ミリメートル。

「片白(かたしろ)の絲のごとし」一部が白い糸のような形。これで、この道人のそれが偽(にせ)のマジックであることが判る。ヒゼンダニは以上の通り、点ほどの微細なもので、ここに示される回虫のようなそれではないからである。大方、イトミミズのような虫を隠しておき、人体から抉り取ったように見せて、水の中へ入れたものと思われる。

面白そうなので、中文サイト「CBETA 漢文大藏經」の同巻を見た(「大蔵経データベース」は示し難い)。八万の虫の名の一部がぞわぞわと並んでおるわい。

「禪祕要經」同じく中文サイト「CBETA 漢文大藏經」の当該経のここで「蟲」で検索されたい。そこでは虫(小蟲)の総数を「三億」とする。

「梁朝」五〇二年~五五七年。

「陀羅尼雜集」同じく中文サイト「CBETA 漢文大藏經」の当該経のここで「呪齒痛陀羅尼」を発見した。

「嬉遊笑覽」七に、『「太上三戶中經」云、……』所持する岩波文庫版及び国立国会図書館デジタルコレクションのこちら(右ページ後ろから四行目)で校合した。「庚申」の項の一部である。

「三尸九蟲」「三尸」は道教に由来するとされる、人間の体内にいると考えられていた霊虫。「上尸」・「中尸」・「下尸」の三種がおり、この虫は常に宿主の人間の行動を監視しており、庚申の日になると、眠った宿主の口から抜け出し、天帝に宿主の悪事を報告するとされた。後説のようだが、三尸虫は宿っている人間が死なない限り、真の自由にはなれないので、常に人間の早死にを望んでいるからだとされ、庚申の夜には、人々が集まって、講を開き、朝まで眠らない「庚申待ち」の風習が、本邦では平安時代に貴族の間で始まり、江戸時代には民間で「庚申講」として一種のレクリエーションとして大いに流行った。「九蟲」は中医学の中で人体に寄生するとした九種の虫。「伏虫」・「蛔虫」・「白虫」・「肉虫」・「肺虫」・「胃虫」・「弱虫」・「赤虫」・「蟯虫」で、ご覧の通り、現在の実在するヒト寄生虫の漢名・和名とスライドした名も含まれている。より詳しくはサイト「Kyushu University Medical Library」の「附属図書館企画展」の「東西の古医書に見られる病と治療 - 附属図書館の貴重書コレクションより」の『 5  「蟲」』が非常によい。

『「本草綱目」抔を見ると、支那の蠱蟲《こちう》や金蠶《きんこ》抔、虫でもあり、鬼でも有る樣な者で』前者は「漢籍リポジトリ」のこちらの明の李時珍の「本草綱目」巻四十二の「蟲之四」のガイド・ナンバー[100-33a]に「蠱蟲」の項があり、その次の[100-33b]の項の後者の「金蠶」が出る。これは実在する虫の名ではなく、古代中国で形成された、道教系の呪法によって生み出された最強の呪力と猛毒を持つ幻獣虫を指す。判り易くざっくり言ってしまうと、ムカデ・サソリ・毒蛇・狂犬といった多くの毒虫や猛獣・毒獣、さらに毒草を、一つの甕の中や閉じた穴倉などで共食いさせ、ハイブリッド化した最後に生き残った恐るべき強毒の一匹を用い、呪術(ブラック・マジック)を行うことを「蠱毒」(こどく)と称した。例えば、後者の「金蠶」はそうした処理で生き残った金色の蚕(カイコ)に似た毒虫を指す。「金蚕」と称し、時珍も「釋名」で記しているように、「食錦虫」(しょくきんちゅう)の異名がある。これは、その奇体な虫に極めて高価な錦の織物を摂餌させ、その虫の排泄した糞を、呪う相手の食事や飲み物に混入することで、命や財産を奪うことが出来ると信じられたのである。本邦へは陰陽師の呪法に、この影響が見えなくはないが、そもそもその根本に於いて生産行為を不自然な行為として否定する道教自体は、稲作を蔑視した。そのため、本邦には殆んど宗教としては広がらなかった。これは宦官と合わせて、中国の真似をしなかった幸いであると私は考えている。

「醫王耆婆」「ジーバカ」の漢音写。「活」「命」「能活」「寿命」などと漢訳する。美貌の遊女サーラバティーの私生子として生まれ、一説では誕生後捨てられ、ある王子が拾って養育したとされる。名医として有名で、釈迦の教えに従った。彼については、多くの伝説が残されており、釈迦の病いを治療したり、釈迦の教えに従えば、彼の治療が受けられると考える一般人が、治療を受けたいばかりに仏門に入るのを心配し、釈迦にその対策を献案したことなどが伝えられてある。阿闍世王の兄ともされ、父を殺した阿闍世王を導き、帰依させたともされる。中国の名医扁鵲(へんじゃく)と並称される歴史的名医である。

「『一九〇六年板「フォン・シェフネル」「西藏諸話」』英譯、一〇二頁)」「選集」では「西藏諸話」の書名に『チベタン・テイルス』とルビがある。フランツ・アントン・シーフナー(Franz Anton Schiefner 一八一七 年~一八七九年)はたエストニア(当時はロシア帝国)生まれのドイツ系の言語学者・チベット学者。正式書名は‘Tibetan tales, derived from Indian sources’(「インドの情報減に基づくチベットの物語」)。「Internet archive」のこちらで当該箇所を読むことが出来る。

『「ベイツ」の「亞馬孫河畔博物學者(ゼ・ナチユラリスト・オン・ゼ・リヴアー・アマゾンス)」(一八六三年板)九章』イギリスの博物学者・昆虫学者・探検家ヘンリー・ウォルター・ベイツ(Henry Walter Bates 一八二五年~一八九二年)は、「ウォレス線」で知られる博物学者アルフレッド・ラッセル・ウォレス(Alfred Russel Wallace 一八二三年~一九一三年)とともに、アマゾンで多様な動植物を収集し、進化論の発展に寄与した人物で、「ベイツ型擬態」(本来、無害な種が、捕食者による攻撃から免れるため、有害な種に自らを似せる生物擬態)に名を残している。原著書名は‘The Naturalist on the River Amazons’(「アマゾン川の博物学者」)。一九四三年版であるが、「Internet archive」の同書の当該章はここから。調べたところ、南方熊楠が紹介している部分は「244」ページの後半の段落部分であることが判った。以下に原文の当該段落全部を引く。

   *

   Each horde of Mundurucús has its pajé or medicine man,  who is the priest and doctor;  fixes upon the time most propitious for attacking the enemy;  exorcises evil spirits, and professes to cure the sick. All illness whose origin is not very apparent is supposed to be caused by a worm in the part affected.  This the pajé pretends to extract;  he blows on the seat of pain the smoke from a large cigar,  made with an air of great mystery by rolling tobacco in folds of Tauari,  and then sucks the place,  drawing from his mouth,  when he has finished,  what he pretends to be the worm.  It is a piece of very clumsy conjuring. One of these pajés was sent for by a woman in John Aracú’s family,  to operate on a child who suffered much from pains in the head.  Senhor John contrived to get possession of the supposed worm after the trick was performed in our presence, and it turned out to be a long white air-root of some plant. The paje was with difficulty persuaded to operate whilst Senhor John and I were present. I cannot help thinking that he, as well as all others of the same profession,  are conscious impostors,  handing down the shallow secret of their divinations and tricks from generation to generation.  The institution seems to be common to all tribes of Indians,  and to be held to more tenaciously than any other.

   *

pajé”(パジェ)はポルトガル語で「呪術医・咒(まじない)医」を指す語。“Tauari” はブラジルにのみ植生する木本の被子植物門ツツジ目サガリバナ科 Couratari 属コウラタリ・アウレリ Couratari tauari 。環境悪化により、棲息地の喪失が危惧されている。機械翻訳に少し手を入れて、訳文を示す。

   *

 ムンドゥルク族のそれぞれの大集団には、司祭であり医師である「パジェ」又は「呪医」がいる。 敵害対象を攻撃するのに最も都合の良い時間を塩梅する。 「悪霊を祓い、病人を治す。」と公言する。原因があまり明らかではない総ての病気は、影響を受けた部分に潜む「虫」によって惹起されると考えられている。これを、パジェは、剔(えぐ)り出す仕儀を演ずる。 彼は大きな葉巻の煙を、苦痛の対象に吹きかけ、タウアリの襞(ひだ)に煙草を転がすことによって、大きな不思議な空気団を作り、それから、その場所を吸い、それが終わると、口から、直接、「虫」を吸い出す。それは、甚だ、ぎこちない奇術である。これらのパジェの一人は、ジョン・アラクーの家族の女性によって、頭痛に苦しむ子供に施術をして貰うために招かれたのであった。セニョール・ジョンは、私たちの前で、その奇術が行われた後、その「虫」と思われるものを手に入れるように工夫したところ、それは、単に、ある植物の長い白い気根であることが判明した。 セニョール・ジョンと私が同席している間、パジェは、よく判るようには説明しなかった。 彼は、同じ職業の他の総ての人と同様、意識的詐欺師であり、彼らの占いや奇術の浅薄な秘儀を、世代から世代へと伝えているのだと思わずにはいられない。この決まったやり方は、インディアンの総ての部族に於いて共通しており、その他のどの部族よりも、同族間では執拗に保持されているようである。

   *

『「ムンヅルク」人』“Mundurucú”。ムンドゥルク族。アマゾン川南部に住むラテン・アメリカ・インディアンの一民族。言語はトゥピ諸語に属する。嘗つては首狩りを行う民族として知られていた。マニオク(キャッサバ)栽培と採集漁労を営む。 三十家族ほどで集落を形成。男子結社があり、成人男子は家族の家には住まず、男性の家に住む。儀礼も女性・子供の参加を禁じている。一方、家屋は母系で継承されるという、男性と女性の対立原理の明確な社会である。現在では野生ゴムの樹液を日用品と交換しており,宗教的にはキリスト教化している(以上は「ブリタニカ国際大百科事典」に拠った)。

「術士、尤(いと)祕密げに、大きな葉卷煙草を作り、其煙を患部に吹掛け」私は若い頃、ブードゥー教に興味を持ち、そのシャーマンや呪術についての、書物や動画をかなり見たが、まさに太い葉巻を加え、相談に来た人物や、病人や、その患部や、或いは呪物に、その煙を盛んに吹きかけるシーンを何度も見た。その大袈裟で不遜な態度は、まさに上記英文の最後でベイツが指摘している通り、甚だ山師的詐欺とトリックに満ち満ちたものであった。

「濠州土人」「アボリジニ」(英語:Aborigine)。但し、この「アボリジニ」は差別的ニュアンスが強いとして、現在は「アボリジナル・オーストラリアン」(Aboriginal Australians)等の言い方がよいとされ、また、トレス海峡諸島民を含めて、「オーストラリア先住民」(Indigenous Australians)と言うことも多い(当該ウィキに拠った)。

『(一九〇四年板、「ハヰット」「東南濠州土民(ネチブ・トライブス・オブ・サウスイースト・オーストラリヤ)」三七九頁以下)』‘ The Native Tribes of South-East Australia ’(「オーストラリア南東部の先住民族」:一九〇四年にロンドンで出版)は、オーストラリアの人類学者・博物学者で、オーストラリア先住民の文化や社会を研究したアルフレッド・ウィリアム・ハウイット(Alfred William Howitt 一八三〇年~一九〇八年)の著作。当該部は「Internet archive」のこちら(章題“VII  MEDICINE-MEN  AND  MAGIC”)の後半から次のページかけてに書かれてある。]

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