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2023/01/15

芥川龍之介書簡抄154 追加 大正三(一九一四)年六月十五日 井川恭宛

 

大正三(一九一四)年六月十五日・井川恭宛・封筒欠

 

こつちも試驗で忙しい 心理なんか大抵よまない所が出て悲觀しちやつた 六十点とれたかどうかそれさへわからない 苦しむと云ふ事と覺えると云ふ事とは別々な現象で其間に必然的な關係はない それを必然的な關係があると誤斷してその上にそれをひつくりかへして苦めさへすれば覺えるとしたのが試驗制度だ 此意味で試驗問題をつくる人は中世の INQUISITION の判官にひとしい 事によると更に下等かもしれない 何となれば試驗は陋烈な復讐心が其行爲を規定する主なフアクタアになつてるからだ 自分も試驗で苦しんだから 若い奴もと云ふやつだ――何とか云ふが兎に角理屈はぬきにしていやなものはいやだ

靑木堂で岩本[やぶちゃん注:底本岩波旧全集にママ注記がある。]さんにあつたら「人間の頭ちふものは大がい際限のあるもんで午前中よりきかんものだ それを午すぎに講義をするなんちふ奴はする奴もする奴だがきく奴もきく奴さなあ」と云つた それから「おらあ自分でやる授業でも午すぎのやつはでたらめをしやべつてるんだが そのわりに間違はないものだぜ」と云つた 何だか酒屋の番頭に羊羹の拵へ方をきいてるやうな氣がした

石田君は勉强して特待になる 谷森君は今日の心理で僕位しくぢつたが なるかもしれない 久米はなまけてゐて八單位とるさうだ

みんなよく一朝事あるときに平生の生活狀態の均衡をやぶつて顧ないでゐられる この頃僕は肉体的にも精神的にもそんな勢がなくなつてしまつた

プリフエアのところへ行つたら伊太利亞語をやらなくつちやあだめだと云はれた 西班牙語の詩をよんできかせられた 西班牙語が南の語では一番やさしいさうだ 一つ伊太利亞語西班牙語でもはじめるかなと思つたが今はもうそんな氣はしなくなつた しかし伊太利亞語がよめるとちよいといゝな

新思潮は一册君の國のうちへおくつた 試驗がこつちより早くすんで二十日前にはもう君が宍道湖のある町へかヘつてゐるだらうと思つたからだ 例によつて同人一人につき雜誌一册しかもらへないのだから

あと一册は今手許にないのですぐに送れない あさつて試驗で學校へゆくからその時にする この手紙より二三日遲れるだらう

あさつてコツトの希臘羅馬文學史の試驗がある こいつも大變だ セオクリタス アポロニウス サイロピデア シンサス アプレリウス――人の名だか本の名だか地名だかわすれてしまふ とりあへず

    六月十五日夜

   井 川 恭 樣          龍

 

[やぶちゃん注:「こつちも試驗で忙しい」当時は進級は九月であったから、ここは学年末試験。

「INQUISITION」縦書。「インクィズィション」は西洋中世の「宗教裁判」「異端審問」の意。

「靑木堂」筑摩全集類聚の注に、『震災まで本郷にあった』、『階下が食料品店で』、『階上が喫茶店』とある。

「岩本さん」一高のドイツ語及び哲学担当の教授であった恩師岩元禎(てい 明治二(一八六九)年~昭和一六(一九四一)年)。『芥川龍之介畏友井川恭著「翡翠記」(芥川龍之介「日記より」含む) 「八」』の「岩元さん」の私の注を参照されたい。

「何だか酒屋の番頭に羊羹の拵へ方をきいてるやうな氣がした」龍ちゃん! 座布団二枚!

「久米はなまけてゐて八單位とるさうだ」今もそうだろうが、今の単位制採用の高校などでも見られる、例えば、二年生までに取れる、或いは、取らねばならない単位の上限・下限が規定されており、その下限が「八単位」或いは七単位なのであろう。

「みんなよく一朝事あるときに平生の生活狀態の均衡をやぶつて顧ないでゐられる」嘗つての学制では、旧制高校も含め大学等は正規学年次をオーバーするのは、それほど劣悪なことではなく、大学では落第だけでなく、自主的に留年する者も多かった。

「プリフエア」アルフレッド・ウィリアム・プレイフェア(Alfred William Playfair 一八六九年(ある資料では一八七〇年)~一九一七年)はカナダの英文学者で

一九〇五年に来日し、慶應義塾大学文学科で教えていたが、ジョン・ローレンス(John Lawrence 一八五〇年~一九一六年・イギリス人教師。帝国大学文科大学での芥川龍之介の最初の教師であった。「芥川龍之介書簡抄18 / 大正二(一九一三)年書簡より(5) 十一月一日附原善一郎宛書簡」の「ローレンス」の私の注を参照)の急死後、東京帝大にも出講しており、後の大正五(一九一六)年から翌年にかけては正式に東京帝大学文科大学の英語・英文学の教師として在職している。

「南の語」欧州の南の地域の言語の中でという意か。

「コツト」ジョセフ・コット(Joseph Cotte 一八七五年~一九四〇年)はフランス人で、明治四〇(一九〇八)年に来日し、翌年に帝国大学文科大学でフランス語・フランス文学を講義した(在職は大正一一(一九二二)年まで)が、この龍之介の謂いからみて、筑摩類聚版にあるように、英語による『近世ヨーロッパ文学史の講師』もしていたようだ(筑摩版の『明治四十二年来朝』というのは、私の見た二資料から否定される)。

「セオクリタス アポロニウス サイロピデア シンサス アプレリウス――人の名だか本の名だか地名だかわすれてしまふ」と、かの芥川龍之介が言うのだから、これに注を附すのは野暮というものであろう。因みに、私の高校時代の社会科選択は「地理」(地理Bまでしっかり三年間やった)と「政治経済」である。]

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