フライング単発 甲子夜話續篇卷之41 五 椛町、岩城升屋の庫燒失せざる事 附 曾呂利の話
[やぶちゃん注:以下、現在、電子化注作業中の南方熊楠「少許を乞て廣い地面を手に入れた話」の注に附(つけた)りの部分が必要となったため、急遽、電子化する。非常に急いでいるので、注はごく一部にするために、特異的に《 》で推定の歴史的仮名遣の読みを挿入し、一部に句読点も変更・追加し、鍵括弧・記号・改行も用いた。]
甲子夜話續篇41―5
數寄屋橋《すきやばし》内《うち》なる永井氏を訪《たづね》しとき、主人、庭前なる庫《くら》の、四、五間ばかりなるを指さして曰はく、
「椛町《かうぢまち》の岩城升屋《いはきますや》と云《いふ》商家に、あの庫ほどなる土藏あり。度度《たびたび》の火災に遭《あひ》ても、遂に燒亡すること、なし。其ゆゑを尋《たづぬ》るに、常に大なる皮袋を用意して、火災と見れば、其皮を、庫に覆ひ、水を澆《そそ》ぐ。これに因《より》て燒亡せず。」
と。
これに就《つきて》、思ひ出《いだ》せしことあり。今、其《その》出典を忘れたれど、記臆[やぶちゃん注:ママ。]せしまゝを、こゝに記す。
豐臣太閤、嘗て、曾呂利新左衞門が滑稽を愛して常に咫尺《しせき》す。
或とき、太閤曰《いはく》、
「我、汝が才を愛す。依《よつ》て汝の求《もとむ》る所の物を與へん。廼(すなはち)、これを望め。」
曾呂利、答《こたへ》て日、
「曾《かつ》て望む思ひ、なし。されども、臺命《たいめい》、背くべからず。冀《ねがは》くは、紙袋一つに容《い》るゝの物を賜はん。」
太闇、曰、
「小なる願ひ哉《かな》。紙袋を持來《もちきた》れ。その容るゝを與へん。」
曾呂利、喜び退く。
出仕せざること、十日に及ぷ。
太閤、異(アヤシ)み、人を使はして、省(ミ)せしむ。
返《かへり》て日、
「曾呂利、『袋を接(ツグ)こと、夥《おびただ》し。因て、出仕を廢す。』と。」
公、又、人を遣はして、その事を問はしむ。
答て曰、
「紙袋なり。」
使者曰、
「奚《なん》ぞ、袋の巨大なる。」
曾呂利、答ふ。
「この袋を以て、御米倉(コメグラ)に覆(カブセ)、御倉の積粟《つみあは》を賜はらん。」と。
使者、返《かへり》て告ぐ。
公、笑《わらひ》て曰、
「『紙袋一つ』と云へば、實(マコト)に然《しか》らん。されども、一倉《ひとくら》の栗、與へ難《がた》し。」
迚《とて》、大《おほい》に笑はれしとぞ。
■やぶちゃんの呟き
「咫尺す」貴人の前近くに出て親しく拝謁する。
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