大手拓次詩畫集「蛇の花嫁」 「汝がこゑをきくごとに(斷章十篇)」
[やぶちゃん注:底本その他は始動した一回目の私の冒頭注を参照されたい。「🦋」は前に使用したように、それとなく置いたもので、元は、白抜きで、もっとシンプルな図柄である。]
汝がこゑをきくごとに (斷章十篇)
🦋
汝がこゑをきくごとに
わが胸は さざなみだちて
はぢらひの花 みだれちる
🦋
汝がこゑをきくごとに
よろこびに 心ときめきつ
むらさきの 夢路をたどる
🦋
汝がこゑをきくごとに
うれしさに 息づまり
細雨(こさめ)にぬるる葉のごとく
身うちもふるふ
🦋
汝がこゑをきくごとに
なにとはなしに 胸せまり
かなしきものの うまれくる
🦋
汝がこゑをきくごとに
おほいなる思ひの力 おそひきて
汝がために
とはの生命(いのち)をささげむとす
🦋
汝がこゑをきくごとに
わくわくとして
いひがたき よろこばしさに
われもなし
🦋
汝がこゑをきくごとに
わが胸の夜(よ)はあけゆきて
うららなる 朝日のさせり
🦋
汝がこゑをきくごとに
羽ばたける小鳥のごとく
空のさなかに 夢を織る
🦋
汝がこゑをきくごとに
うまれざる ひかりの花の
ややにして ほころびむ
🦋
汝がこゑをきくごとに
とこしへの ひとつの路ぞみゆる
わがたどるべき ひとつの路ぞ
[やぶちゃん注:「汝」にはルビがない。所持する思潮社の『現代詩文庫』の「大手拓次詩集」(一九七五年刊)では、「汝」には「な」とルビが振られている。ここまでの詩篇では一篇の中で「な」と「なれ」が混用されているケースもあるが、起こしの頭の韻律からは、「な」が相応しいとは思われる。しかし、思潮社の詩集のルビは、根拠が不明で、凡例注記もなく、私は編者による恣意的なルビをも疑っているので、「な」を無批判に支持することは、微妙に留保するものである。
この詩篇の最後の二章が見開きの右ページに載り、左ページには波型のオブストラクト風のデッサンがある。右に手書きで「春の倦怠」(「の」と「怠」は殆んど判読不能であるに近いが、巻末にある「挿繪目次」の「10」がそれであるから、それに従って字起こしした)と標題があり、右下に非常に薄いが、手書きで前にアルファベットのように見える何かが見え(判読は全く不能)、その後に少し離れて「1920.」(実際にはかなり判読が困難であるが、見た目と、これまでのデッサンのクレジットから推定確定した)「5.16」とある。]
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