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2023/02/26

大手拓次譯詩集「異國の香」 「音樂」(ボードレール)

 

[やぶちゃん注:本訳詩集は、大手拓次の没後七年の昭和一六(一九三一)年三月、親友で版画家であった逸見享の編纂により龍星閣から限定版(六百冊)として刊行されたものである。

 底本は国立国会図書館デジタルコレクションの「国立国会図書館内/図書館・個人送信限定」のこちらのものを視認して電子化する。本文は原本に忠実に起こす。例えば、本書では一行フレーズの途中に句読点が打たれた場合、その後にほぼ一字分の空けがあるが、再現した。]

 

 音 樂 ボードレール

 

音樂は をりをりに 海のやうに私をうばふ!

あをじろい わたしの星にむかつて、

はてしない 霧のふかみに また ひろびろとした空のなかに

わたしは帆をあげてゆく。

帆布のやうに

胸をはり 肺に息をすひこんで、

夜の闇におほはれはてた

たかまれる波の背に わたしはよぢのぼる。

 

なやめる船の

そのさまざまの苦しみに わたしは身ぶるひをする。

おひての風も 暴風も その動亂も

底しれぬ淵のまうへに

わたしを ゆりゆり眠らせる。――また或時は なぎやはらいで、

わたしの絕望の大きな鏡!

 

[やぶちゃん注:原詩は以下。フランス語のサイトのこちらからコピーした。朗読も聴ける

   *

 

   La Musique   Charles Baudelaire

 

La musique souvent me prend comme une mer !

Vers ma pâle étoile,

Sous un plafond de brume ou dans un vaste éther,

Je mets à la voile ;

 

La poitrine en avant et les poumons gonflés

Comme de la toile

J'escalade le dos des flots amoncelés

Que la nuit me voile ;

 

Je sens vibrer en moi toutes les passions

D'un vaisseau qui souffre ;

Le bon vent, la tempête et ses convulsions

 

Sur l'immense gouffre

Me bercent. D'autres fois, calme plat, grand miroir

De mon désespoir !

 

   *

本篇は四連構成とするのが、諸訳者でも共通しており、原子朗編「大手拓次詩集」(一九九一年岩波文庫刊)の「翻訳篇」でも四連構成に変えてある。以上の正字のものを、そのようにして以下に示す。但し、不審な箇所がある

   *

 

 音 樂 ボードレール

 

音樂は をりをりに 海のやうに私をうばふ!

あをじろい わたしの星にむかつて、

はてしない 霧のふかみに また ひろびろとした空のなかに

わたしは帆をあげてゆく。

 

帆布(ほぬの)のやうに

胸をはり 肺に息をすひこんで、

夜の闇におほはれはてた

たかまれる波の背に わたしはよぢのぼる。

 

なやめる船の

そのさまざまの苦しみに わたしは身ぶるひをする。

おひての風も 暴風も その動亂も

 

底しれぬ淵のうへに

わたしを ゆりゆり眠らせる。――また或時は なぎやはらいで、

わたしの絕望の大きな鏡!

 

   *

最終連の一行目が詩集本文では、「底しれぬ淵のまうへに」であるのに、「ま」が除去されている。不審である。

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