大手拓次譯詩集「異國の香」 「音樂」(ボードレール)
[やぶちゃん注:本訳詩集は、大手拓次の没後七年の昭和一六(一九三一)年三月、親友で版画家であった逸見享の編纂により龍星閣から限定版(六百冊)として刊行されたものである。
底本は国立国会図書館デジタルコレクションの「国立国会図書館内/図書館・個人送信限定」のこちらのものを視認して電子化する。本文は原本に忠実に起こす。例えば、本書では一行フレーズの途中に句読点が打たれた場合、その後にほぼ一字分の空けがあるが、再現した。]
音 樂 ボードレール
音樂は をりをりに 海のやうに私をうばふ!
あをじろい わたしの星にむかつて、
はてしない 霧のふかみに また ひろびろとした空のなかに
わたしは帆をあげてゆく。
帆布のやうに
胸をはり 肺に息をすひこんで、
夜の闇におほはれはてた
たかまれる波の背に わたしはよぢのぼる。
なやめる船の
そのさまざまの苦しみに わたしは身ぶるひをする。
おひての風も 暴風も その動亂も
底しれぬ淵のまうへに
わたしを ゆりゆり眠らせる。――また或時は なぎやはらいで、
わたしの絕望の大きな鏡!
[やぶちゃん注:原詩は以下。フランス語のサイトのこちらからコピーした。朗読も聴ける。
*
La Musique Charles Baudelaire
La musique souvent me prend comme une mer !
Vers ma pâle étoile,
Sous un plafond de brume ou dans un vaste éther,
Je mets à la voile ;
La poitrine en avant et les poumons gonflés
Comme de la toile
J'escalade le dos des flots amoncelés
Que la nuit me voile ;
Je sens vibrer en moi toutes les passions
D'un vaisseau qui souffre ;
Le bon vent, la tempête et ses convulsions
Sur l'immense gouffre
Me bercent. D'autres fois, calme plat, grand miroir
De mon désespoir !
*
本篇は四連構成とするのが、諸訳者でも共通しており、原子朗編「大手拓次詩集」(一九九一年岩波文庫刊)の「翻訳篇」でも四連構成に変えてある。以上の正字のものを、そのようにして以下に示す。但し、不審な箇所がある。
*
音 樂 ボードレール
音樂は をりをりに 海のやうに私をうばふ!
あをじろい わたしの星にむかつて、
はてしない 霧のふかみに また ひろびろとした空のなかに
わたしは帆をあげてゆく。
帆布(ほぬの)のやうに
胸をはり 肺に息をすひこんで、
夜の闇におほはれはてた
たかまれる波の背に わたしはよぢのぼる。
なやめる船の
そのさまざまの苦しみに わたしは身ぶるひをする。
おひての風も 暴風も その動亂も
底しれぬ淵のうへに
わたしを ゆりゆり眠らせる。――また或時は なぎやはらいで、
わたしの絕望の大きな鏡!
*
最終連の一行目が詩集本文では、「底しれぬ淵のまうへに」であるのに、「ま」が除去されている。不審である。]
« 西播怪談實記 多賀村彌左衞門小坊主を切し事 | トップページ | 西播怪談實記 佐用邑大市久保屋下女山伏と角力を取し事 »