大手拓次詩畫集「蛇の花嫁」 「歌にかこまる」・「ひとつの花」・「にほひの言葉」・「ながるるもの」・「迷ひ」・「春のあをさに」・「たちがたき思ひ」
[やぶちゃん注:底本その他は始動した一回目の私の冒頭注を参照されたい。特にソリッドに公開したのには意味はない。]
歌にかこまる
あはれなる身は
いづこともなく 歌にかこまれぬ
さざなみせる
ちさき歌にぞ かこまれぬ
うたへかし
心うつらふまで
ひ と つ の 花
こずゑのうへに
ひとつの花あり
そのいろは あはくして
ひかりのごとく
地にむかひて うなだれたり
にほひの言葉
わがあゆみゆくところ
ながるる にほひのことばあり
みちほそくして
草たわわなれど
ああ
この わがゆくところ
おほひなる ひとつの言葉あり
ながるるもの
まよなかに
ふと眼をさましつ
そのままに
みづの態(さま)せる思ひはも
ながれゆくめり
ながれゆくめり
はてしなく
さざなみの みづのすがたに
ながれゆくめり
迷 ひ
われ すがたなく みちをゆかむとす
われ こゑにおそはれつつ みづのほとりをゆかむとす
われ ゆれうごくおどろきのうちに おとろへむとす
われ このもえさかる雪のなかに 身をうづめむとす
わすれのうちに入らむとすれど
忘却(わすれ)は われをはなれたり
忘却(わすれ)は このみちのかなたにあり
われ このあをき雪の手にとらはれつ
わがすがたを消さむ
春のあをさに
ひらかざる 花のおもわに身をなげて
このながながし 病氣(いたつき)の
なやみの刺(とげ)をぬぎすてむ
薄氷(うすらひ)の溶くる春のあをさに
たちがたき思ひ
そのかみの
かすかなるおくりもの
そのままに ありしひをみれば
蟲のこゑ 耳に入るごとく
たちがたき思ひ
胸にたちこむる
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