西播怪談實記 大屋村次郞大夫異形の足跡を見し事
[やぶちゃん注:本書の書誌及び電子化注凡例は最初回の冒頭注を参照されたい。本文はここから。]
○大屋(おほや)村次郞大夫異形(いきやう)の足跡を見し事
揖西郡(いつさい《こほり》)大屋村に、次郞大夫とて、古き農家、在《あり》。常に鉄炮を數寄(すき)て、慰《なぐさみ》とせり。
正德年中の霜月の事なりしに、薄雪(うすゆき)のふりける朝(あさ)、雉子(きし)を打《うち》に出《いで》けるに、ある山陰の細道に、六、七尺を、一またげにしたる足跡あり。
『怪し。』
と思ひ、指(ゆひ)にて、寸を取《とり》て見れば、竪(たて)、三尺斗《ばかり》に、橫、九寸余(よ)あり。
三ツ指(ゆひ)にして、爪跡、土へ入《いり》たり。
『聞《きき》ふれし、「鬼」の足跡か。』
と怪(あやし)まる。
次郞大夫は、元來、氣の丈夫なる男にて、雪の消(きへ)ぬ内に、此足跡を、つなき行《ゆき》[やぶちゃん注:「繫ぎ行き」。跡を辿って行き。]、
『歸(かへり)たる所を見屆《みとどく》ベし。』
と、したひ行《ゆけ》ば、谷深く入《いり》て、大岩(おほいは)、在り。
其下に、洞穴(ほらあな)ありて、其所へ、入《いり》しなり。
『偖(さて)は。狸なるべし。「此岩穴に、古狸、居る。」と聞傳へたるが、化(ばけ)て、俳徊したる足跡なるべし。」
と思ひ、立歸《たちかへり》けり。
其後(そのゝち)、又、雪の降《ふり》たる朝(あさ)、行(ゆき)て見るに、此度《このたび》は、丸盆(まるほん)の大《おほき》さにて、爪跡、前後に、六つ、あり。
熊の足の大きなる足跡のごとくなれば、又、つなぎ行て見るに、右の岩穴へ、入けり。
「偖は。いろいろに化(ばけ)て出《いで》たるにや。」
と思ひ、
「珎(めつら)しからねば、其後(《その》のち)は、氣を付《つけ》て見ねども、定《さだめ》て、今も其足跡、あるべし。」
と、予が緣家(ゑんか)にて、右の噺を、直(ちき)に聞ける趣を書傳ふもの也。
[やぶちゃん注:「揖西郡大屋村」現在の兵庫県養父市大屋町であるが、グーグル・マップ・データでは、示し難いので、「ひなたGPS」の戦前の地図で示した。佐用村の直線で四十キロメートル北東に当たる。
「正德年中」一七一一年から一七一六年まで。]
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