大手拓次譯詩集「異國の香」 思ひ出(テオ・ヴァン・ビーク)
[やぶちゃん注:本訳詩集は、大手拓次の没後七年の昭和一六(一九三一)年三月、親友で版画家であった逸見享の編纂により龍星閣から限定版(六百冊)として刊行されたものである。
底本は国立国会図書館デジタルコレクションの「国立国会図書館内/図書館・個人送信限定」のこちらのものを視認して電子化する。本文は原本に忠実に起こす。例えば、本書では一行フレーズの途中に句読点が打たれた場合、その後にほぼ一字分の空けがあるが、再現した。]
思 ひ 出 ビーク
水仙よ、 水仙よ。
お前からこぼれるちいさな笑ひ、
日のひかりかがやくなかの絨毯について、
私の戀が思ひだすいろいろ………
私の覺えてゐるあの幸福な、 やさしい戀よ、
お前はどこにゐるのか、 お前はどこにゐるのか?
かつては緣であつたこの牧場(まきば)のうへに、
影のかけぎぬが一面におほうてゐる。
この世が悅びとして誇るすべてのものは、
わかれなければならない。
けれど、 百合の花や、 おまへの笑ひごゑや、
またそれからうまれる思ひ出の夢は、
いつまでも生きてゐる、
ただ私の心のなかに生きてゐる。
[やぶちゃん注:テオ・ヴァン・ビークなる詩人は探し得なかった。識者の御教授を乞うものである。]
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