佐々木喜善「聽耳草紙」 一六番 瓢簞の話
[やぶちゃん注:底本・凡例その他は初回を参照されたい。今回は底本はここから。]
一六番 瓢簞の話
瓢箪の始まり (其の一)
或所に、多勢のとても育てきれぬほど澤山子供を持つた親があつた。後から後からと順々に生れるので、とうとう[やぶちゃん注:ママ。以下、同じ。]生計(クラシ)が立たなくなり、惡いことだとは思ひながら、遂に一番の末子(バツチ)を縊《くび》り殺して土中に埋めた。
翌春になると、其所から一本の見たことの無い草が生へ[やぶちゃん注:ママ。後も同じ。]出した。それが成長して多くの不思議な實を結んだ。その實は、みな中程からくびれて居た。其の譯は縊り殺された兒の體から生へ出たものだからであつた。
親はそれにフクベと名をつけて、街へ持つて行つて賣つて生計を立てた。それが千成瓢簞の始まりである。
(遠野町、佐々木緣子氏御報告分の一。大正九年秋の頃の分。)
[やぶちゃん注:「大正九年」一九二〇年。]
瓢簞長者(其の二)
或所に貧乏な爺樣があつた。子供が三人あつたが、その子供等を育てるのにさへ、ひどく困難した。それで山の洞合(ホラアヒ)にアラク(荒畦)を切開いて栗を蒔いたが、秋になつて思いの外のよい收穫があつた。それから年々アラクを切擴げて行つた。それだけ收穫も增えて來て、いくらか生活(クラシ)向きも樂になつた。其のうちに子供等も大きくなつた。
或年の秋、夜になると山端(ヤマバタ)のアラク畑に鹿や猪どもがついてならぬので、總領息子が鹿追(シヽボ)ひに行つて、鹿追(シヽボ)ひ小屋に泊つて居て、[やぶちゃん注:「鹿追(シヽボ)ひ」の「鹿」(シシ)は猪と鹿を含めた謂いである。]
しらほウ
しらほウ
と呼んで、穀物の穗を切りに來る鹿どもを一生懸命に追つていた。するとどこかで、
ヤラ瓢簞(フクベ)コひとつ
ちやんぷく茶釜に毛が生えて
チャラリン
チャラリン
と返辭をした。兄は怖(オツカナ)くなつて、夜の明けるのを待ちかねて家へ逃げ歸つた。(そして其事を話した。)
中面(ナカヅラ)はそれを聞いて、兄(アニ)々、そんな馬鹿氣た話があるべかヤ。ほんだら今夜は俺が行つて見ると言つて、山畑の鹿追ひ小屋に行つて泊つて居た。そしていつものやうに、
しらほウ
しらほウ
と畠荒しの鹿どもを追うて居ると、ほんたうに何所かで、
ヤラ瓢簞コひとつ
ちやんぷく茶釜に毛が生へて
チヤラリン
チヤラリン
と返辭をした。中兄(ナカヅヒ)も魂消《たまげ》て家へ逃げ歸つた。[やぶちゃん注:「中面(ナカヅラ)」不詳だが、以上の記載から、岩手方言で「次兄」を意味する語である。]
所の末息(スツパラヒ)はその話を聞いて、兄共(アニド)アなんたらヂクナシ(臆病)ドだでヤ。そんだら今夜は俺が行つて、その化物(バケモノ)を捕(オサ)へて來るでアと言つて、さきのアラク畑の鹿小屋へ行つて泊つて居た。そして今返辭するか、今返辭するかと思ひながら、
[やぶちゃん注:以下、三字下げはママ。]
しらほウ
しらほウ
と大きな聲で呼ぶと、どこかでほんたうに、
ヤラ瓢簞コひとつ
ちやんぷく茶釜に毛が生えて
チヤラリン
チヤラリン
と返辭した。弟は物は試しだ、化物の正體を見屆けてやるべえと思つて、しらほウ、しらほウと呼びながら、聲のする方を尋ねて行くと、澤の水のドドメキコに、トベアコな(小さな)瓢簞(フクベ)コが浮んだり沈んだり、ちやんぷく、ちやんぷくと踊コを踊つて居た。息子はそれを見て、これはよい寶物だと思つて、拾ひ上げて懷中に入れて家へ持つて歸つた。そして誰にも見せないで、
しらほウ
しらほウ
と呼ぶと、ふところの中で、
ヤラ瓢簞コひとつ
ちやんぷく茶釜に毛が生えて
チヤラリン
チヤラリン
と、返辭をした。[やぶちゃん注:「ドドメキコ」不詳。沢水の浅い淵か、小滝の流れ落ちる淀みを指すか。]
隣りの長者どんがそれを聞いて、その歌うたひ瓢簞コをひどく欲しがつて、とうとう自
分の身代悉皆(ミンナ)ととりかへつこをした。そこでこの末息子は村一番の長者どんとなつた。
(鹿追ひ小屋、鹿(シヽ)小屋といつていた。私等の少年の頃までは方々の山畑に其の茅葺きの小屋が殘つてゐたものだが、今日では殆ど無くなつた。それは勿論鹿、猪などが山に居なくなつたからであるが、山村の風趣の點から、それが無くなつたのも物淋しい氣持がする。)
(昭和二年五月二十九日蒐集。上閉伊郡鱒澤村地方で行はれてゐる話。鈴木重男氏御報告分の一。)
[やぶちゃん注:二つの附記は底本では全体が二字下げ。
「昭和二年」一九二七年。
「上閉伊郡鱒澤村」現在の遠野市宮守町(みやもりちょう)上鱒沢(かみますざわ)・宮守町下鱒沢相当(グーグル・マップ・データ)。]
瓢簞踊り(其の三)
或所に一人の息子があつた。生れつき餘り利巧では無かつたが、心は至つて正直であつたから村の人達は何も邪魔にはしてゐなかつた。
或日息子が山へ行くと、谷川の淵の中で、浮んだり沈んだりして、踊を踊つてゐる瓢簞があつた。これは面白いもんだと思つて、それを拾つて持つて歸つて、町に出て見世物にした。ところが大層評判をとつて、しこたま金儲けをした。そして村に歸つて長者どんとなつた。
(一六番其の一話同斷、其の二話。)
本なり瓢簞(其の四)
或所に三人の兄弟があつた。父親が死ぬ時、兄弟を一人々々枕もとに呼んで、瓢簞を一個づつ與へて[やぶちゃん注:行末で読点なし。]これこれや[やぶちゃん注:読点が欲しい。]お前達はこれを大事にして、俺の亡き後を繼いでケロ(くれろ)やエ、と遺言した。そして間も無く命(メ)を落(オロ)してしまつた。
父親が死んだ後(アト)で、兄弟三人が、三人同じやうな瓢簞を貰ひ、亦同じやうなことを遺言されたので各々(テンデ)に、父親の後世(アトセ)を繼ぐのは俺だと言ひ張つた。さうして遂々《たうとう》村の檀那寺の和尙樣の所へ行つて、裁判を附けて貰うことになつた。
和尙樣は兄弟の言ふことを、とツくりと聽いた。そして、何それは譯もない。一番本(モト)ナリの瓢簞を貰つた者が家督を繼ぐのが當然さと言つた。ほだらモトナリ瓢簞はナゾにすれば分りますべかと云へば、和尙樣はそれは目方に掛けてみれば直ぐ分ると言つた。
そこで兄弟三人の瓢簞を目方に掛けて見ると、總領のが一番重かつた。それで矢張總領が家督を繼ぐことになつた。
(一六番其の一同斷、其の三話。)
粉南蕃賣(其の五)
或所に粉南蕃(コナンバ)(唐辛子)賣りを渡世にして居る男があつた。そして如何《どう》かして一生の中《うち》に一度、紀ノ國の熊野樣へ參脂したいものだと思つて居た。
それから三年三月と云ふもの、瓢簞で藁を打つて草畦《わらぢ》をつくり、それを履いて商賣のコナンバンを賣りながら旅へ出た。さうして首尾よく熊野詣りをして歸國した。それでもその草畦は切れなかつた。
(同上其の四話。)
瓢簞の質物(其の六)
或所に一人の隱居婆樣があつた。小金を廻して質屋をはじめて居た。或日一人の博奕打《ばくちうち》が一個のただの瓢簞を持つて來て、これは黃金(キン)の瓢簞だから百兩借《か》せと言つて、遂々《たうとう》婆樣から百兩借り出して行つた。だが其男は其後一向質物を請けに來なかつた。
婆樣もこれには困つて、何とかよい工風《くふう》はないかと考へたあげく、近所の子供等を呼び集めてお菓子(クワシ)をくれくれ、斯《か》う謂ふ歌を敎へて流行(ハヤ)らせた。
質屋の婆樣が
黃金(キン)の瓢簞(フクベ)コ失《な》くしたとサ
請人(ウケト)が行つたらば
ナゾすべなア
それを聞いて博奕打は、これはよいことを聞いたと喜んだ。そして早速掛合ひに出かけて行つた。質屋の婆樣はひどく當惑顏をして、いつにない酒肴などを出した。そして一寸待つてケてがんせやと言つて奧に引込んで行つてなかなか出て來なかつた。
博奕打はもうしめたと思つて、大きな聲を立てゝ、何して居れヤ婆樣、俺ア急がしい體だ。質物を早く出して貰うべえ。ほれここに百兩と利息を置くでアと怒鳴つた。婆樣は博奕打が出した金を見た時、はじめて奧から瓢簞を持つて來て渡した。博奕打は舌打ちコをしながら仕方なく、その瓢簞を持つて歸つた。
寶瓢簞(其の七)
或時、博奕打が勝負にさんざんぱら負けて、夜明方に歸つて來た。すると八幡樣のやうなお宮の大きな松の樹の上に天狗樣が止つて居た。見れば天狗樣は寶瓢簞(タカラフクベ)を持つて居て、ゼアゼア博奕打、博奕打、今夜もまた負けて來たなアと言つた。あゝ誰かと思つたら天狗樣か、俺ア負ける事ア嫌ひだから、ただ貨して來ただけさと負惜しみを言つた。すると天狗は何を思つたか、時に博奕打、ソチア何ア一番怖(オツカナ)いでアと言ふので、博奕打は、俺の一番怖いのは小豆餅さ。ところでさう云ふ天狗樣は何が一番怖いなと問ふと、俺か、俺はまづ鐵砲の音だなアと言つた。
氣まぐれな天狗樣は一つ博奕打をからかつてやるべと思つて、松の樹のテン上から小豆餅を、ボタボタと落してよこした。博奕打は、ああ怖い、ああ怖いと言ひながら、小豆餅を澤山食べた後で。
ズトン!
と鐵砲の眞似をすると、天狗樣はびツくりして飛んで行つた。其の時餘りアワテたので、大事の寶瓢簞を落して行つた。その瓢簞は何でも好きな物が出るので、博奕打は忽ち長者になつた。ドツトハラヒ。
(田中喜多美氏の御報告分の四。)
[やぶちゃん注:「ドツトハラヒ」感動詞感。昔話の語り終わりや、ものを数え終わったときに言い添える語。「これでおしまい」の意。一説に、「どっと祓ひ」で、その話しをした人物、或いは、それを聴いた人々の心のうちに漂っている言霊(ことだま)を「どつと(総て)祓ふ」ための咒言(じゅごん)とされているようである。
「田中喜多美」既出既注。]
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