「曾呂利物語」正規表現版 第四 / 二 御池町の化物の事
[やぶちゃん注:本書の書誌及び電子化注の凡例は初回の冒頭注を見られたい。
底本は国立国会図書館デジタルコレクションの『近代日本文學大系』第十三巻 「怪異小説集 全」(昭和二(一九二七)年国民図書刊)の「曾呂利物語」を視認するが、他に非常に状態がよく、画像も大きい早稲田大学図書館「古典総合データベース」の江戸末期の正本の後刷本をも参考にした。今回はここから。なお、所持する一九八九年岩波文庫刊の高田衛編・校注の「江戸怪談集(中)」に抄録するものは、OCRで読み込み、本文の加工データとした。さらに、挿絵については、底本では抄録になってしまっているので、今回は、同書にあるものが、比較的、状態がよいのでそれをトリミング補正した。]
二 御池町(おいけちやう)の化物(ばけもの)の事
都、御池町、さる者の家に、
「化物、有り。」
といふ事。あり。
主(あるじ)も、人に家を貸して、外(そと)に出でぬ。
かくはいへど、定かに見たると云ふ人も、なし。
爰(こゝ)に、をこの者、二人、寄りあひ、
「さるにても、かの家にゆき、化物あるか無きかを、見とどけずば、あらじ。」
と云ひて、彼(か)の家に、宿(やど)借りて居たる者は、銀細工する者なるが、夜な夜な、變化(へんげ)の物にも怖れず、又、化物も何のわざをも爲(な)さで、上下)じやうげ)、二、三人、居(ゐ)侍る。
かの宿主に、案内(あんない)云ひて、ある夜、三人、忍び行き、彼の家の有樣(ありさま)、裏に、茂りたる藪、あり。
「是れから、化け物は、出づる。」
など云ひ、裏の戶、固く、しめ、多くの押しをかけ、又、いつも内なる唐臼の上に、俵物(たはらもの)、石(いし)など、多く置き、二十人許りしては、動かし難く拵(こしら)ヘて待ち居たり。
其の時ばかりに、裏の戶口(とぐち)に、物の音、しけるが、程なく、何者とは知らず、來りぬ。
二、三人、驚きゐたれば、いつもの如く、唐臼を踏み鳴らす。
[やぶちゃん注:右上端のキャプションは「おいけの町のばけ物坊主からうすふむ所」である。]
其の夜、しも、朧月夜(おぼろづきよ)なりしが、三人ながら、臥して隙(すき)を見れば、白きもの着たる坊主、長(たけ)七尺ばかりなるが、目、鼻、口もなきが、唐臼を蹈(ふ)み、後[やぶちゃん注:「うしろ」。]に、三人の方へ、顏を向けける。
日頃は、
「いかやうなる化け物にも、逢ひたらば、切りなん。」
と云ひしが、息をも、立てず、ゐたり。
程なく、化け物は、いづくともなく、失せぬ。
夜明けて、見れば、裏の戶も、唐臼も、宵の儘なり。
不審とも、怖ろしとも、云はんかた、なし。
[やぶちゃん注:「御池町」岩波文庫の高田氏の注に、『現在では「御池之町」。中京区室町押小路下ル』とある。「御池之町」は「おいけのちょう」、「押小路下ル」は「おしこうじさがる」と読み、ここ(グーグル・マップ・データ)。
「をこの者」既出既注。
「宿主」借家人の主人である銀細工師。
「案内云ひて」ここに来た理由を正直に述べて。
「押し」突支棒(つっかいぼう)のこと。]
« 佐々木喜善「聽耳草紙」 一七番 打出の小槌 | トップページ | 大手拓次譯詩集「異國の香」 麥畑のなかの死(デトレフ・フォン・リーリエンクローン) »