大手拓次譯詩集「異國の香」 二人(ホフマンスタール)
[やぶちゃん注:本訳詩集は、大手拓次の没後七年の昭和一六(一九三一)年三月、親友で版画家であった逸見享の編纂により龍星閣から限定版(六百冊)として刊行されたものである。
底本は国立国会図書館デジタルコレクションの「国立国会図書館内/図書館・個人送信限定」のこちらのものを視認して電子化する。本文は原本に忠実に起こす。例えば、本書では一行フレーズの途中に句読点が打たれた場合、その後にほぼ一字分の空けがあるが、再現した。]
二 人 ホフマンスタール
彼女は彼に盃を持つて來た、
彼女の顎と口とはそれの緣(ふち)のやうであつた。
かるくかるく またしつかりと步いて來て、
彼女は台盃から一しづくもこぼさずに跳びはねた。
彼は、 かるいしつかりした手で、 精に充ちた火のやうな種馬を檢束した。
そして、 だらしのない身振で、
彼は、 ふるへる馬を立ちどまらした。
然し、この軽いもので滿された盃をとらうとして
彼の手がさはつたとき、
それがポンドほども重かつた。
その譯は、 彼等の二人がふるへたので
お互の手が分らなかつた、
それで、 暗い酒は地の上にこぼされた。
[やぶちゃん注:フーゴ・ラウレンツ・アウグスト・ホーフマン・フォン・ホフマンスタール(Hugo Laurenz August Hofmann von Hofmannsthal 一八七四年~一九二九年)はオーストリアの詩人・作家・劇作家。ウィーン世紀末文化を代表する『青年ウィーン』(Jung-Wien)の一員であり、印象主義的な新ロマン主義の代表的作家である。その文学的早熟性は当該ウィキを読まれたい。作品執筆にはドイツ語を用いた。詩全集は一九〇七年に刊行されている(Gedichte:詩(韻文))。大手拓次の訳は恐らくはフランス語からの重訳と思われるので、原詩は探さない。]
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