西播怪談實記(恣意的正字化版) 東本鄕村蝮蝎を殺し報の事
[やぶちゃん注:本書の書誌及び電子化注凡例は最初回の冒頭注を参照されたいが、前回の冒頭注で示した通り、前回より最後までは、所持する二〇〇三年国書刊行会刊『近世怪異綺想文学大系』五「近世民間異聞怪談集成」北城信子氏校訂の本文を恣意的に概ね正字化(今までの私の本電子化での漢字表記も参考にした)して続行する。凡例は以前と同じで、ルビのあるものについては、読みが振れる、或いは、難読と判断したものに限って附す。逆に読みがないもので同様のものは、私が推定で《 》で歴史的仮名遣で添えた、但し、「巻四」の目録の読みについては、これまでと同様に総て採用することとする。歴史的仮名遣の誤りは同底本の底本である国立国会図書館本原本の誤りである。【 】は二行割注。
なお、「蝮蝎(うはばみ)」は誤表記ではない。超巨大な大蛇「蟒蛇(うはばみ)」はこの漢字表記もする。所謂「まむし」と「さそり」ではあるが、それらは広く悪類獣の喩えとしてそれに当て字するのである。例せば、日文研の「怪異・妖怪伝承データベース」のこちらのタイトルは「ウワバミ」としつつ、漢字表記を『蝮蝎』と当てており、出典は神谷養勇軒の説話集「新著聞集」(寛延二(一七四九)年刊)である。因みに本書は、宝暦四(一七五四)年刊である。]
○東本鄕村(ひがしほんごうむら)蝮蝎(うはばみ)を殺(ころせ)し報(むくひ)の事
佐用郡東本鄕村、さる農夫の所持の田の邊(ほとり)に、榎(ゑのき)の古木(こぼく)在(あり)しが、眞(しん)[やぶちゃん注:「芯」。幹(みき)。]は朽(くち)て、皮斗《ばかり》のやうに見へけれども、年々、葉を出す事、若木にも替(かは)らざりけり。
正德年中の事なりしに、其榎の邊(へん)に、いつ集(あつめ)しともなく、蜷(にな)のから、有(あり)しが、段々に、多く成(なり)て、めだつ斗(ばかり)にも成ければ、
「誰(たが)持(もち)きたりて、爰には、捨(すて)るにや。」
と、農夫も怪(あやし)み、人にかたりても、多(おほく)は、不審をぞ、なしにける。
ある時、𢌞國(くわいこく)の僧、立寄(たちより)て、茶を所望してゐけるに、
「しかじか。」
の、よしを語るに、僧のいふやう、
「其榎には、必定(ふつでう)、蝮蝎(うはばみ)、住(すみ)たるなるべし。其蜷のからは、餌(ゑ)にしたる、から、なり。いかにといふに、其蝮蝎に、もろもろの小蛇(こへび)、蜷、壱つづゝ、くはへ來《きたり》て饋(おく)るもの也。」
と、いひければ、
「げにも。さもあらん。」
と、聞人每(《きく》ひとごと)に、恐(をそれ)て、彼(かの)榎の邊(へん)へは壱人《ひとり》も行《ゆく》もの、なし。
夫(ふ)、つくづくと思ひけるは、
『秋田(あきた)には守(もり)を【「守」とは、菰莚《こもむしろ》などにて仕立《したて》、夜《よる》、行《ゆき》て、田を守《まもる》所なり。】懸(かけ)て、よなよな、行(ゆく)なり。それに、かく恐ては、難儀の事なれば、いで、燒殺すべし。』[やぶちゃん注:「秋田」は一般名詞で「秋の稔りの成った田」の意。]
と了簡を極(きは)め、彼榎の四方に、柴を積上(つみあげ)、火を放(はなち)けるに、餘煙(よゑん)、谷に滿(みち)て、終(つい)に榎も灰燼(くわいじん)となれば、人皆(《ひと》みな)、興(けう)を、さましける。
しかれども、蝮蝎は、始終、目には見へねども[やぶちゃん注:ママ。「見えねば」が相応しい。]、
「定(さだめ)て、燒殺(やきころ)さるべし。」
と沙汰しけるとかや。
かくて、一兩年、過《すぎ》て、秋、守(もり)を懸(かく)るに、燒失(やけうせ)たる榎の跡より、杖(つゑ)ほどなる若生(わかはへ)、二、三本、出(いで)けるを、こだてに取(とり)てかけ置(をき)けるが、ある夜(よ)、自身(じしん)に守に行(ゆき)て、前後もしらず、伏(ふし)ゐたりけるに、ほぐしの火、もえ出《いで》て、守に移(うつり)、一時(いちどき)に火に成(なり)ければ、とやかくする内に、惣身(そうみ)、燒(やけ)て、漸(やうやう)に這出(はひいで)、歸(かへり)て、色々と治療すれども、大疵(おほきず)なれば、叶(かなは)ずして、終(つい)に死《しに》けり。
是を、きく人、
「疑(うたがい)もなき、蝮蝎の報(むくひ)ぞ。」
と沙汰しける趣を書傳ふもの也。
[やぶちゃん注:「佐用郡東本鄕村」「ひなたGPS」でも「東本鄕」は見当たらないので、現在の佐用町本郷(グーグル・マップ・データ航空写真)の東ととっておく。佐用町の中心地より東へ五キロほど行った山間の幕山川沿岸に当たる。
「一兩年」一、二年。
「ほぐし」「火串」。火をつけた松明(たいまつ)を挟んで地に立てる木。狭義には、夏場に、これに鹿などの近寄るのを待って射取ったりするものだが、ここは秋の夜の田守の照明用である。]
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