早川孝太郞「三州橫山話」 鳥の話 「人を化かす山鳥」・「肉の臭い山鳥」
[やぶちゃん注:本電子化注の底本は国立国会図書館デジタルコレクションの「国立国会図書館内/図書館・個人送信限定」で単行本原本である。但し、本文の加工データとして愛知県新城市出沢のサイト「笠網漁の鮎滝」内にある「早川孝太郎研究会」のデータを使用させて戴いた。ここに御礼申し上げる。
原本書誌及び本電子化注についての凡例その他は初回の私の冒頭注を見られたい。今回の分はここから。]
○人を化かす山鳥 山鳥の尾に一三の斑《まだら》のあるものは、人を化かすと謂ひます。又山鳥の、人閒が近づいても逃げないやうな奴は、決して構ふものではないと謂ひます。明治三十年頃、私の家に子守をしてゐた山口末吉と云ふ當時十五六歲の子供が、山鳥に化かされたと云つた事がありましたが、何でも子供を背負つて裏の山へ行くと、眼の前に大きな山鳥がゐたので、其を捕へやうとして、尾を握《つか》むと、スルリと拔けて、鳥は五六尺前へ逃げるので、又後を追って握むと、矢張スルリと拔けてしまつたさうです。斯うして段々山深く、日が暮れるのも忘れて、山へ入つたと謂ひました。
又、尾に十三段の斑があるものが、夜、山から山へ越す時は、人魂のやうな、長く尾を引いた火に見えると謂ひます。
山鳥の尾は魔除けになると謂つて、人家の門口にさしてあるのを、よく見かけますが、十三段の斑のあるものは、井戶を掘る時、豫《あらかじ》め掘らうとする場所へ立てゝ置くと、一夜の内に、水のある深さ迄露が昇つてゐると謂ひます。例へば斑の十段目に露があれば、十ひろの深さに水がある兆しだと謂ふのです。
[やぶちゃん注:日本固有種であるヤマドリは、
キジ目キジ科ヤマドリ属ヤマドリ Syrmaticus soemmerringii scintillans
ウスアカヤマドリ(薄赤山鳥)Syrmaticus soemmerringii subrufus
シコクヤマドリ(四国山鳥)Syrmaticus soemmerringii intermedius
アカヤマドリ(赤山鳥)Syrmaticus soemmerringii soemmerringii(基亜種)
コシジロヤマドリ(腰白山鳥)Syrmaticus soemmerringii ijimae
の五亜種がいるが、横山周辺で見られるのは、ヤマドリと、ウスアカヤマドリである(リンク先は学名のグーグル画像検索。尾の段々が明瞭に見てとれる)。博物誌は私の「和漢三才圖會第四十二 原禽類 山雞(やまどり)」を見られたい。
「明治三十年」一八九七年。
「私の家に子守をしてゐた」著者早川孝太郎は明治二二(一八八九)年生まれであるから、満で八つの頃である。
「十ひろ」約十八メートル。]
○肉の臭い山鳥 山鳥には、非常に肉の臭いものがあつて、折角擊つても喰べる事が出來ないと謂ひます。
又別の話では、肉が臭いのではなく、擊ち所が惡いと臭いのだとも謂ひます。
[やぶちゃん注:小学館「日本大百科全書」の「ヤマドリ」の「食用」の項には、『肉質、風味ともキジ』(キジ目キジ科キジ属キジ Phasianus versicolor)『肉に似ている。猟鳥なので、山間部や観光地での郷土料理としてすき焼き、炊(た)き込みご飯、つけ焼き、から揚げなどにして食べられている。内臓のにおいが強いため、肉にも』、『いくぶんにおい』(山鳥の糞は臭いことで知られる)『が残るが、みそ、ショウガ、ネギなどを用いるとにおい消しができる』とあった。]
« 大手拓次譯詩集「異國の香」 うた(ギユスターブ・カアン) | トップページ | 早川孝太郞「三州橫山話」 鳥の話 「ニホヒ鳥」・「ウイ鳥」・「佛法僧の鳴き聲」・「雨を降らせる水戀鳥」・「シヨウビン(翡翠)の巢」・「弟を疑つた杜鵑」・「鶺鴒のこと」・「種々な鳥の鳴聲」 / 鳥の話~了 »