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2023/03/08

大手拓次譯詩集「異國の香」 高翔(ボードレール)

 

[やぶちゃん注:本訳詩集は、大手拓次の没後七年の昭和一六(一九三一)年三月、親友で版画家であった逸見享の編纂により龍星閣から限定版(六百冊)として刊行されたものである。

 底本は国立国会図書館デジタルコレクションの「国立国会図書館内/図書館・個人送信限定」のこちらのものを視認して電子化する。本文は原本に忠実に起こす。例えば、本書では一行フレーズの途中に句読点が打たれた場合、その後にほぼ一字分の空けがあるが、再現した。]

 

  高  翔 ボードレール

 

池よりも高く、 谿よりも高く、

山よりも、 林よりも、 雲よりも、 海よりも、

太陽の彼方に、 エーテルの彼方に、

まきちらされた星の世界の境界の彼方に、

 

わたしの精靈よ、 お前は敏捷にうごく、

そして、 波のなかに眩惑する好い泳ぎ手のやうに

お前は、 いひつくせない又男らしい佚樂をもつて

快活に奥深い無限に畦(うね)を作つてゐる。

この病欝の瘴氣から遠くとび去れ、

上層の大氣のなかにお前を淸めに行け、

そして、 芳醇な神酒のやうな

淸澄な空間を滿たすところの煌く火も飮め

倦怠と、 霧に朦朧とした現実の重荷を擔うてゐる大きい憂愁とを越えて

力强い翼をもって、 明かな靜かな靜かな野の方に

天翔けることの出來る者は幸福である。

 

その思想が雲雀のやうに、 明け方の空の彼方へ

自由に飛揚しうるものは、

また生命の上を翔けり、努力無くして花の言葉と

沈默の言葉とを理解する者は幸福である。

 

[やぶちゃん注:今回はフランス語ウィキの本篇の単独ページのそれを引いて示す。

   *

 

   Élévation   Charles Baudelaire

 

Au-dessus des étangs, au-dessus des vallées,

Des montagnes, des bois, des nuages, des mers,

Par delà le soleil, par delà les éthers,

Par delà les confins des sphères étoilées ;

 

Mon esprit, tu te meus avec agilité,

Et, comme un bon nageur qui se pâme dans l'onde,

Tu sillonnes gaiement l'immensité profonde

Avec une indicible et mâle volupté.

 

Envole-toi bien loin de ces miasmes morbides,

Va te purifier dans l'air supérieur,

Et bois, comme une pure et divine liqueur,

Le feu clair qui remplit les espaces limpides.

 

Derrière les ennuis et les vastes chagrins

Qui chargent de leur poids l'existence brumeuse,

Heureux celui qui peut d'une aile vigoureuse

S'élancer vers les champs lumineux et sereins ;

 

Celui dont les pensers, comme des alouettes,

Vers les cieux le matin prennent un libre essor,

– Qui plane sur la vie, et comprend sans effort

Le langage des fleurs et des choses muettes !

 

   *

ここまでくると、拓次の訳詩の連分けはやはり確信犯であることが明瞭となる。底本の本篇はここであるが、「この病欝の瘴氣から遠くとび去れ、」と「上層の大氣のなかにお前を淸めに行け、」の間は見開き改ページであるものの、物理的な版組みに於いては、一行空けは存在しない。ここで行空けを仮想したとしても、原詩と比較すれば、それでもまだ一連足りないのである。しかも、この改ページ部分は、寧ろ、続けて読まれるように訳されていると考えた方が、自然であることが判る。私はこの訳が甚だ好きである。

「エーテル」「éthers」。これは「ether」複数形で「光素」などと訳されるところの、古代ギリシア時代から二十世紀初頭までの間、実に永く想定され続けた、全世界・全宇宙を満たす一種の物質の名称である。古代ギリシャの哲学者アリストテレスは、地・水・火・風に加えて、「エーテル」(「輝く空気の上層」を表わす言葉)を第五の元素とし、天体の構成要素とした。近代では、全宇宙を満たす希薄な物質とされ、ニュートン力学では「エーテル」に対し、「静止する絶対空間」の存在が前提とされた。また、光や電磁波の媒質とも考えられた。しかし、十九世紀末に「マイケルソン=モーリーの実験」で、「エーテル」に対する地球の運動は見出されず、この結果から、「ローレンツ収縮」の仮説を経、遂に一九〇五年、アインシュタインが「特殊相対性理論」を提唱し、「エーテル」の存在は否定された(ここまでは「ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典」に拠った)。但し、現在でも擬似科学や一部の新興宗教の中に「エーテルの亡霊」が巣食って蠢いている。堀口大學などは、『虛空(こくう)の際涯(はてし)』などと訳しているが、ここは断然、「エーテルの彼方に」がいい。

「瘴氣」「miasmes」。音写「ミィアスマ」。通常、このように複数形で、「腐敗物などから発生する有毒なガス=瘴気(しょうき)」を言う。]

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