早川孝太郞「三州橫山話」 鳥の話 「ニホヒ鳥」・「ウイ鳥」・「佛法僧の鳴き聲」・「雨を降らせる水戀鳥」・「シヨウビン(翡翠)の巢」・「弟を疑つた杜鵑」・「鶺鴒のこと」・「種々な鳥の鳴聲」 / 鳥の話~了
[やぶちゃん注:本電子化注の底本は国立国会図書館デジタルコレクションの「国立国会図書館内/図書館・個人送信限定」で単行本原本である。但し、本文の加工データとして愛知県新城市出沢のサイト「笠網漁の鮎滝」内にある「早川孝太郎研究会」のデータを使用させて戴いた。ここに御礼申し上げる。
原本書誌及び本電子化注についての凡例その他は初回の私の冒頭注を見られたい。今回の分はここから。]
○ニホヒ鳥 ニホヒ鳥が病人のある家を中にはさんで鳴き交はすと、其病人は助からぬと謂ひます。鳴く聲がちようど[やぶちゃん注:ママ。]病人の呻吟するやうに聞えるのでつけた名と謂ひますが呻吟することを、ニホフと謂ひます。
日の暮れ方か明け方日の出前に、谷間の木立や、山の窪のやうな所で鳴きましたが、眼の前に瀕死の病人が呻《うめ》いてゐるかと思ふ程で、淋しいものでした。姿を見た者はないと謂ひます。
[やぶちゃん注:「ニホヒ鳥」「匂ひ鳥」と漢字を当てる。スズメ目ウグイス科ウグイス属ウグイス Horornis diphone の別名。本邦に棲息する種及び博物誌は私の「和漢三才圖會第四十三 林禽類 鶯(うぐひす) (ウグイス)」を参照されたいが、私はホトトギスの鳴き声(ね)を不吉とする伝承はよく見かけるが、ウグイスは、まず、聞かないので、ちょっと意外であった。ウグイスの「チャッチャッ」という地鳴きを指すか。
「呻吟することを、ニホフと謂ひます」当地の方言のようである。]
○ウイ鳥 これも夏の明け方に、ニオヒ鳥と同じやうな場所で鳴く鳥で、スーツ、スーツと云ふやうな聲で鳴きました。川を隔てた遠くの山などで鳴くのが、朝の靜かな中で淋しく響きました。この鳥とニオヒ鳥が鳴き交《かは》すと、矢張人が死ぬと謂ひました。
[やぶちゃん注:「ウイ鳥」ツバメを「烏衣鳥」(ういどり)と別称するが、どうも違う。思うに、これは季節かみて、「チョットコイ」で知られるキジ目キジ科コジュケイ属コジュケイ(小綬鶏)Bambusicola thoracicus thoracicusの地鳴きを指しているように思われる。YouTubeの川上悠介氏の「コジュケイ 地鳴き」を聴かれたい。]
○佛法僧の鳴き聲 佛法僧は、鳳來寺山にも棲むと云ひますが、雄はブツポウと鳴き、雌は、ソウと鳴くと謂ひます。私が聞いた聲は、單にホウホウと謂ふやうに聞へました。其後北山御料林で、夜鳴いてゐた鳥が、同じ鳴音《なきね》と思つたので、居合せた瀧川村の山田廣造と云ふ人に訊きますと、鳩程の大きさの鳥で、目の圍《まは》りに黃色い羽毛のある鳥だと謂ひました。
[やぶちゃん注:「佛法僧」先行する「水神樣」の「鳳來寺」の私の注を参照されたいが、「私が聞いた聲は、單にホウホウと謂ふやうに聞へました」というのは、頗る正しい感想で、これが「声の仏法僧」=フクロウ目フクロウ科コノハズク属コノハズク Otus sunia であり(姿は学名のグーグル画像検索を見られたい)、「鳩程の大きさの鳥で、目の圍《まは》りに黃色い羽毛のある鳥」(これは嘴の色の誤認。学名のグーグル画像検索を見られたい)というのが、「姿の仏法僧」と呼ばれる、日本には夏鳥として飛来するブッポウソウ目ブッポウソウ科 Eurystomus 属ブッポウソウ Eurystomus orientalis である。この誤認が正されたのは、本書刊行から十四年後の昭和一〇(一九三五)年のことで、実に一千年にも及び、鳴き声を勘違いされてきたことで知られる。]
○雨を降らせる水戀鳥 水戀鳥《みづこひどり》が鳴けば雨が降ると謂ひます。夏の初め呼子の笛を吹くような聲で鳴きます。
水戀鳥は前世は女であつて、家の人達が仕事に出た留守を預かつてゐて、馬に水を與へる事を怠つた爲めに、其罰で鳥に生まれて來たと謂ひます。水を飮まうとして川へ行くと體が紅《あか》い所から、其れが水に映つて、火に見えるので飮む事が出來ないで、空に向つて鳴いて雨を喚ぶと謂ひます。雨が降れば其《その》滴《しづく》で喉を潤してゐるのだと謂ひます。
[やぶちゃん注:「水戀鳥」これは現行では、ブッポウソウ目カワセミ科ショウビン亜科ヤマショウビン属アカショウビン Halcyon coromanda の何とも哀しい美しい異名和名である。カワセミ科カワセミ亜科カワセミ属カワセミ亜種カワセミ Alcedo atthis bengalensis との類似性が気にはなるが、「體が紅い」というのは、より体全体が赤みを帯びているアカショウビンに相応しいのでそれに比定しておく。]
○シヨウビン(翡翠)の巢 シヨウビンの巢は川に沿った崖などに橫に穴を造つてあると謂ひますが、巢の繞《まは》りに、ナメクジの這つた跡が幾重にもついてゐると謂ひます。それは蛇を防ぐ爲めだと謂ひますが、どうしてナメクジを連れて來るか、その事は聞きません。
[やぶちゃん注:「シヨウビン(翡翠)」これは先行する「水潜りの名人」から、ブッポウソウ目カワセミ科カワセミ亜科カワセミ属カワセミ亜種カワセミ Alcedo atthis bengalensis と比定する。ナメクジと関係性は生態学的には私は不詳である。]
○弟を疑つた杜鵑 杜鵑《ほととぎす》は、カツチヤン、カケタカと云つて鳴くと謂ひますが、また弟戀《おととこひ》しやと鳴くとも言います。それについて、こんな話があります。
杜鵑は、昔盲目で、弟と二人暮らしであつたさうですが、家が貧しくて、碌に美味いものも喰べられないので、或時、弟が山へ行つて山芋(自然薯)を堀つて[やぶちゃん注:ママ。]來て、自分は皮や固い不味いところばかり喰べて、兄の杜鵑には、柔かで美味いところを選んで喰べさせると、兄の杜鵑は其味のいゝのに驚いて、盲目の兄にくれた所がこんなに美味いのでは、眼の見える弟の喰べたところは、どんなに美味からうと、一人言《ひとりごと》を云つて、目の見えぬ事を嘆いたので、弟が其れを聞いて口惜しく思つて、兄さんは眼が見えないので、特別に美味いところを差上げたけれど、それ程に疑ふのならば、私の食べたのを腹を立割《たちわつ》て見せてあげたいと言ふと、杜鵑は、すぐ弟の腹を斷つて、だんだん腹の中を探つて行くと、眼の見えぬ杜鵑にも判る程、ゴツゴツした味もないやうなところばかり喰べてゐたのに、初めて弟を疑つて殺してしまつたのを後悔して、氣も狂ほしくなって、弟戀しやと叫びながら、家を迷ひ出でゝ鳴くのだと謂ひます。
[やぶちゃん注:「杜鵑」カッコウ目カッコウ科カッコウ属ホトトギス Cuculus poliocephalus。博物誌は「和漢三才圖會第四十三 林禽類 杜鵑(ほととぎす)」を参照されたい。そこにもあるが、この悲しい「兄弟殺し」譚のルーツは中国である。]
○鶺鴒のこと 鶺鴒《せきれい》はゴシンドリと呼んで、庚申のお使鳥《つかひどり》だと謂ひます。それ故この鳥を殺せば神罰があると謂ひます。
[やぶちゃん注:横山の位置から、スズメ目セキレイ科セキレイ属タイリクハクセキレイ亜種ハクセキレイ Motacilla alba lugens(北海道及び東日本中心)、或いは、セキレイ属セグロセキレイ Motacilla grandis と比定出来る。博物誌は「和漢三才圖會第四十二 原禽類 白頭翁(せぐろせきれい) (セキレイ)」を見られたい。
「ゴシンドリ」不詳。「御神鳥」(根っこは伊耶那岐・伊耶那美に「みとのまぐはひ」を教えたことからであろうか)或いは「護身鳥」か?
「庚申のお使鳥」私には初耳である。調べてはみたが、納得出来る記載はちょっと見当たらなかった。]
○種々な鳥の鳴き聲 頰白は、テントニシユマケタ、シンシロイチヤ二十八日と鳴くと謂ひます。燕は、トキワの國では、芋喰《く》つて豆喰つて、ベーチヤクチヤ、クーチヤクチヤと鳴くと謂ひます。
梟は、ゴロスケと呼んでゐて、ゴロスケホーコ、去年も奉公、今年も奉公と鳴くなどゝ謂ひます。
早川種次郞と云ふ男が、子供の頃、首ツチヨと云ふ罠を裏の山へかけた時、それにかゝった鳩の形した鳥は、猫と少しも違はぬ鳴聲を立てゝゐたと謂ひました。
[やぶちゃん注:「頰白」スズメ目スズメ亜目ホオジロ科ホオジロ属ホオジロ亜種ホオジロ Emberiza cioides ciopsis。博物誌は「和漢三才圖會第四十三 林禽類 畫眉鳥(ホウジロ) (ホウジロ・ガビチョウ・ミヤマホオジロ・ホオアカ)」を参照されたい。
「テントニシユマケタ、シンシロイチヤ二十八日」「一筆啓上仕候」「源平つつじ白つつじ」等のそれはあるが、この聴きなしの意味は私には不明。
「トキワの國」「常盤(常磐)の國」。平凡社「世界大百科事典」に、中世の物語草子や説経節などの語り物、或いは、諸国の田植歌などに現われる国の名。戌亥(北西)の方角にある祖霊のいる国とされ、富や豊饒の源泉と考えられ、燕・時鳥・鶯などの、祖霊の使者とか、乗物と考えられている鳥が媒(なかだ)ちをすると考えられた。「常磐」は「常にその性質を変えずに存続する岩」の意であるが、これを「とこよ(常世)」と混同して、ほぼ「常世」と同義に用いられたものらしい、とある。
「首ツチヨ」「首っちょ」で野鳥の小鳥の首を挟み込んで捕獲する発条仕掛けの罠。植田光晴氏のサイトのこちらに詳しい解説がなされてあるので、見られたい。また、「NISSIE'S Home Page」内の「首っちょ」に実際の罠の写真と、構造図が示されてあるので、そちらも参照されたい。
「鳩の形した鳥は、猫と少しも違はぬ鳴聲を立てゝゐた」種不詳。]
« 早川孝太郞「三州橫山話」 鳥の話 「人を化かす山鳥」・「肉の臭い山鳥」 | トップページ | 和漢三才圖會 卷第二十 母衣 »