西播怪談實記(恣意的正字化版) / 片嶋村次郞右衞門と問答せし狐死し事
[やぶちゃん注:本書の書誌及び電子化注凡例は最初回の冒頭注を参照されたいが、「河虎骨繼の妙藥を傳へし事」の冒頭注で述べた事情により、それ以降は所持する二〇〇三年国書刊行会刊『近世怪異綺想文学大系』五「近世民間異聞怪談集成」北城信子氏校訂の本文を恣意的に概ね正字化(今までの私の本電子化での漢字表記も参考にした)して示すこととする。凡例は以前と同じで、ルビのあるものについては、読みが振れる、或いは、難読と判断したものに限って附す。逆に読みがないもので同様のものは、私が推定で《 》で歴史的仮名遣で添えた、歴史的仮名遣の誤りは同底本の底本である国立国会図書館本原本の誤りである。【 】は二行割注。]
○片嶋(かたしま)村次郞右衞門と問答せし狐(きつね)死(しせ)し事
揖西郡(いつさいごほり)片嶋村に、次郞右衞門といふもの有(あり)しが、不幸にして妻子を先立(さきだて)、本卦(ほんけ)の年に及(および)ても寡(やもめ)にて、獨住(ひとりずみ)をし、元來(もとより)、貧しけれども、「苦し」ともおもはず、垣生(はにふ)の小屋[やぶちゃん注:ママ。「埴生の小屋」で、「土間の土の上に莚(むしろ)などを敷いただけの小さな家。或いは、土で塗っただけの小さい家。転じて、広く「みすぼらしい粗末な家」の意。]に起臥(をきふし)、心に任せつゝ、昼も枕を高くし、夜(よる)は峰に棚引(たなびく)橫雲を限(かぎり)に遊びありけども、盜(ぬすみ)せぬ身は、人にも、とがめられずして、世をわたりし。
然(しか)るに、享保初つ方の或夏の事成《なり》しに、晝の暑(あつさ)につかれて、まだ、宵より臥(ふし)けるが、表の方(かた)の窓より、
「次郞右衞門の、うん、つくよ。」
といふ。
次郞右衞門、眼(め)を、すりすり、
『是(これ)、若きものゝ、たはぶれならん。』
と思ひければ、
「己(おのれ)こそ、うん、つくよ。」
と、いへば、又、外より、
「次郞右衞門の、うん、つくよ。」
と、いふて、互《たがひ》に、負(まけ)じおとらじと、いひ合《あひ》て、時を移す。
次郞右衞門、夢ともなくうつゝともなく、思ふやう、
『人ならば、同じ事を、操返(くりかへ)し、操返し、いふて、時を移べきやう、なし。是、人には、あらじ。必定(ひつじやう)、狐なるべし。『いひまけては、死ぬる。』と聞傳(きゝつた)ふれば、まけては、ならぬ。』
と、起直(をきなを)りて、
「うんつくよ、うんつくよ、うんつく、うんつく、うんつく、」
と、せりかけ、せきかけ、いひかくれば、外よりは、律儀に、始終、
「次郞右衞門の、うん、つくよ。」
(と)いふにより[やぶちゃん注:「(と)」は底本編者の補訂。]、迥遠(まはどほ)なれば、終(つい)に、いひまけ、後には、何の音もせねば、次郞右衞門、思ふやう、
『偖(さて)は。いひ負(まけ)て歸(かへり)けるにや。』
と、相手なければ、心もたゆみ、頻(しきり)にねぶくて、其儘、打臥、夜の明(あけ)たるもしらず、臥(ふし)ゐたり。
時に、表の戶を叩(たゝき)て、
「次郞右衞門、次郞右衞門。」
といふ聲に、目を覺して、
「誰(た)そ。」
と、いへば、外より、
「稀有(けう)の事あり。早く、起(をき)られよ。」
といふに、おどろき、次郞右衞門、帶もせずして、立出(たちいづ)れば、
「是、見られよ。狐、窓の下に、死(しゝ)て、あり。いかなるゆへにや。」
といふに、次郞右衞門、有(あり)し子細を語れば、聞(きく)人、橫手を打し、とかや。
「此段(このだん)、何(なに)とやらん、邪氣亂(じやけらな)事ながら、世にいひつたふ通(とをり)、『狐といひ合(あい)ては、まけし方(かた)、死ぬる。』といふ事、寔(まこと)なるにや。」
と、予が知音(ちいん)の人、物語(ものかたり)の趣を書傳ふもの也。
[やぶちゃん注:「物ぐさ太郎」系の話として面白い。「言上げ」を負けずに応じることで難を遁れるというのも、民俗社会の常套的手法であるが、類い稀なる応酬で勝利したところが、いい。
「揖西郡(いつさいごほり)片嶋村」現在の兵庫県たつの市揖保川町(いぼがわちょう)片島(かたしま:グーグル・マップ・データ)。
「本卦(ほんけ)の年」「本卦還りの年」で還暦のこと。
「享保初つ方」享保は二十一年まであり、一七一六年から一七三六年まで。
「迥遠(まはどほ)」「𢌞(まは)り遠(どほ)い」、則ち、「まわりくどい」の意の名詞形であろう。
「邪氣亂(じやけらな)事」「じゃけらな」。語源は未詳。漢字は当て字である。「取るに足りないこと」を指す。江戸初期の造語か。]
« 西播怪談實記(恣意的正字化版) / 段村火難の時本尊木に懸ゐ給ふ事 | トップページ | 西播怪談實記(恣意的正字化版) / 佐用角屋久右衞門宅にて蜘百足を取し事 »