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2023/03/04

西播怪談實記 網干村獵夫發心の事

 

[やぶちゃん注:本書の書誌及び電子化注凡例は最初回の冒頭注を参照されたい。本文はここから。]

 

 ○網干《あぼし》村獵夫《りやうふ》發心(ほつしん)の事

 揖東《いつとう》郡網干村に、獵師、在(あり)。夏は漁をし、冬になれば、雁(かん)鴨(かも)を取《とり》て、世わたりのいとなみにしけり。

 妻と男子《なんし》壱人《ひとり》、娘壱人、家内四人を身一つのいとなみにて過《すぐ》しけり。

 天和年中の十一月下旬の事なりしに、近所さる大名より、御用の鴨、壱番(ひとつがい)仰付《おほせつけ》られ、役人、來りて、其村に逗留して待居《まちゐ》たり。

 獵師は、用意して、暮方(くれかた)より出《いで》て行《ゆき》けり。

 翌(あくる)未明に、彼(かの)役人、きたりて、

「いかに内儀、亭主は、まだ歸ずや。今日の御用の鳥、間違(まちかい)ては、氣の毒なり。」

といふ。

 妻、荅(こたへ)て、

「鳥は番(つかい)、慥(たしか)に取《とり》たり。御氣をせられす待《まち》給へ。」

といふ中《うち》に、亭主、番の鳥を提(さけ)て立歸《たちかへ》れば、役人、見るより、

「いかに、亭主。内儀より先達(《さき》だつ)て番(つかい)取(とり)たるとは聞《きき》しかと、目に見されは、覺束(おほつか)なくおもひしに、大切の御用、間違なく、躬(み)[やぶちゃん注:我らも。役人の自称。]も大慶(たいけい)致す。價(あたい)は追(おつ)て、當村庄屋より、相渡べし。」

とて、鳥を請取(うけとり)て立歸る。

 跡にて、其妻に問けるは、

「其方、鳥のとれたると、とれぬとを、先達て知べきやう、なし。それに『慥に、番、取し』など、胡乱論(うろん)[やぶちゃん注:「論」はママ。「胡亂」。]なる事をいふ事、心得ず。」

といへば、女房、泪(まみた)を流し、

「慥に知《しる》事有《あり》て申《まをし》たり。」

といふ。

 夫《をつと》、あやしみ、

「それは、いかに。」

といへば、女房、顏をもたげ、

「されば、そこにも惡敷(あしき)こ[やぶちゃん注:底本では(右丁二行目下方)、この「こ」の後は以下の「けふ迄は殺生の……」に続いてしまっており、意味が通じない。書写する際に飛ばしてしまったものらしい。「近世民間異聞怪談集成」を参考に補訂した。]とゝ知《しり》て志《し》給ふは、別に渡世すべきやうなき故也。先《まづ》、けふ迄は殺生のかげ[やぶちゃん注:「御蔭」。]にて、親子四人の命をつなぐ。それに打あけて申さんは、そこの心、よはり、『どもならむ。』と、いたはしければ、たゞ今迄は、つゝしみて、申さず。寔《まことは》は獵に行《ゆき》給ふ留守の夜《よ》は、兄弟の子共を、左右(さう)にねせ侍るに、兄がおびゑ、妹(いもと)がおびゆる夜半(よは)もあり。初《はじめ》のほとは、不審成(なり)しか、能能《よくよく》思ひ合すれば、兄がおびゑたる夜は、雄鳥(をとり)を取《とり》て歸られ、妹がおびゑぬれば、女鳥、違(たかふ)事なく、夜部(よんべ)[やぶちゃん注:今夜。]は、兄弟共に、おびゑしぞかし。しかるに、彼侍(かのさふらひ)、『大切の御用。』とて、氣をせかるれば、安堵させましたく、『慥に、番ひ取たる。』と申たるを、かく根(ね)を押(をし)て問(とい)給ふも、宿善時(しゆくぜん《どき》)の、到來なるべし。身に替(かへ)てもと思ふ子共の、かく此世(このよ)から地獄の相(さう)をあらはす事、『不便(ふびん)や、かなしや。』と、おもへば、一盃(いつはい)の水も、咽(のと)を、こさす。そなたにも、子共不便と思ひ給はゞ、殺生は夜部(よんべ)を限(かぎり)に、おもひ切(きり)給へ。生《いき》たるものには、餌食(ゑしき)あるときけば、餓死する程の事も有まじ。よし、又、道路に倒るゝとも、業因(かうい《ん》)のひくひく[やぶちゃん注:ママ。衍字であろう。]所ならば、是非も、なし。」

と、淚と共にかきくとけば、夫も、さるものにて、一〻聞屆(きゝとゝけ)、側(そは)なる剃刀(かみそり)をもて、髻(もとゝろ)を切放(きりはな)して、いふやう、

「是迄も、よからぬ事とは思ひしかども、今日の渡世に止(やむ)事を得ず、殺生は、しけるぞや。子共のさやうなる事も、あなた[やぶちゃん注:浄土。]からの御催促、そなたは寔《まこと》の善知識ぞや。」

と、互《たがひ》に、一念發起しへるが、後《のち》には、世わたりのいとなみも出來《いでき》、娘も緣につきぬれば、兄に世を渡し、弥《いよいよ》、佛念、おこたらず、寺參《てらまゐり》を夫婦の仕事として暮しけるが、終《つひ》に一向專念無量壽佛(いつかうせん《ねんむ》りやうしゆふつ)の安心に住(ちう)して、目出度、往生をとげぬると、聞つたふ趣を書傳ふもの也。

[やぶちゃん注:本篇も殺生改心発心譚としては、細部に至るまで非常によく描かれてあって、全体のリアリズムが揺るぎない。私はこのありがちな類話の中では最上級クラスの作品と思う。

「揖東郡網干村」兵庫県姫路市網干(あぼし)区(グーグル・マップ・データ)。

「天和年中」一六八一年から一六八四年まで。

「近所さる大名」これは普通に考えるなら、姫路藩内であるから、その藩主と考えるのが普通だが(近くの他藩から役人がここに出向いてくるというのは、通常は考えられない)、何故か、ぼかしてある。思うに、これは、時制に関わるのではないか? 天和年間は、かの徳川綱吉の治世で、当時の「生類憐れみの令」に抵触すると筆者は考えたからではなかろうか?

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