大手拓次譯詩集「異國の香」 Nereid(アレクサンドル・ブーシキン)
[やぶちゃん注:本訳詩集は、大手拓次の没後七年の昭和一六(一九三一)年三月、親友で版画家であった逸見享の編纂により龍星閣から限定版(六百冊)として刊行されたものである。
底本は国立国会図書館デジタルコレクションの「国立国会図書館内/図書館・個人送信限定」のこちらのものを視認して電子化する。本文は原本に忠実に起こす。例えば、本書では一行フレーズの途中に句読点が打たれた場合、その後にほぼ一字分の空けがあるが、再現した。]
Nereid ブーシキン
タウリスの黃金の岸辺に接吻する白綠の波にあひだに、
私は海の女神を見た、 曙が空のはてにひらめくとき。
私はオリーブの木の間にかくれて吐息をつかうとした、
この若い半神の女神が海のうへにのぼるとき。
彼女のわかい白鳥のやうに白い胸は高まる水の上にみえ、
彼女のやはらかい髮の毛から浮める花環のなかに泡をしぼり出す。
[やぶちゃん注:二行目末は底本では、何かが打たれているようだが、甚だ薄く、句点か読点かは不明である。取り敢えず、四行目に倣って句点を配した。作者は言うまでもないが、ロシア近代文学の嚆矢とされる大詩人アレクサンドル・セルゲーヴィチ・プーシキン(Александр Сергеевич Пушкин/ラテン文字転写:Aleksandr Sergeyevich Pushkin 一七九九年~一八三七年)である。恐らくは、英訳からの重訳と思われる。ロシア語の原詩と英訳が載るこちらの英文サイトをリンクしておく。
「Nereid」英語音写は「ネレイド」。ギリシア神話に登場する海に棲む女神たち、或いはニンフたちの総称。「ネーレーイス」「ネレイス」(以上、単数形)「ネーレーイデス」「ネレイデス」(以上、複数形)と呼ばれる。当該ウィキによれば、『彼女たちは「海の老人」ネーレウスとオーケアノスの娘ドーリスの娘たちで』、『姉妹の数は』五十『人とも』百『人ともいわれ』、『エーゲ海の海底にある銀の洞窟で父ネーレウスとともに暮らし、イルカやヒッポカムポス』(神獣で半馬半魚の海馬)『などの海獣の背に乗って海を移動するとされた』とある。
「タウリス」Taurus(英語の音写は「トォーラス」)。西洋の占星術で「黄道十二宮」(the signs of the zodiac:獣帯(じゅうたい)とも言う)の「牡牛座」(おうしざ:金牛宮(きんじゅうきゅう))を指す。]
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