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2023/03/28

佐々木喜善「聽耳草紙」 一七番 打出の小槌

 

[やぶちゃん注:底本・凡例その他は初回を参照されたい。今回は底本はここから。]

 

   一七番 打出の小槌

 

 或所に婆樣と伜とが居つた。伜も齡頃《としごろ》になつたので、近所の人の世話で隣村から嫁をもらつた。嫁は來た當座は姑婆樣にもよく仕えたが、だんだんと邪魔にし出した。そして折があれば何のかんのと伜に言いつけた。夫(アニ)な夫(アニ)な婆樣は良くネます。ナジヨにもはア汚くて分《わかり》かねますと言つた。婆樣が寢て居て虱をとつて嚙みつぶして居る音を聽き、あれあれ夫な、婆樣はあるもない米を盜んで、あゝして夜晝嚙み食つて居ます。あんな婆樣を家さ置いてはよくないから、奧山へ連れて行つて棄てゝ來てがいと言つた。伜も初めうちはそんなことア言うもんでないと言つて居たが、餘り嫁が言ふし、嫁の言ふ事をきかないと面白くない事ばかりであるから、よしほんだら婆樣を奧山へ連れて行つて棄てゝ來ツからと言つて、婆樣を負(オブ)つて奧山へ行つた。嫁はその時川戶口(カドグチ)まで出て、夫々(アニアニ)山さ行つたら萱《すげ》のトッツペ小屋を作つて、其の中さ婆樣を入れて、火をつけて置いて來てがいと言つた。何でも斯《か》んでも妻(オカタ)の言ふことだら聞く夫は、あゝえゝからえゝからと言つて奧山へ行つた。そして妻の言ふ通りに萱を刈集めてトッツペ小屋を造り、其中に婆樣を入れてから、火をつけて逃げ歸つた。

 婆樣は伜が逃げ歸つた後で、死にたくないから小屋の中から這出《はひだ》した。這ひ出《だし》はしたが何處にも行かれないから、其の小屋の燒け殘りの火にあたつて居た。其中《そのうち》に夜になると、山奧でその火明りを見た鬼の子供等が五六匹、不思議に思つて出て來て見た。すると一人の婆樣が火を焚いてあたつて居たから鬼の子供等もやつぱり近寄つて火に手を翳してあたつた。さうして婆樣の内胯《うちまた》を不思議さうに覗いて見て、婆樣婆樣そこは何だと言つた。婆樣はああこれか、これは鬼の子供等を食ふ口だぞと言ふと、鬼の子等は魂消《たまげ》て騷ぎ立てた。それを見ると婆樣はわざと、大跨《おほまた》をひろげて、さア餓鬼ども取つて食ふぞとおどかすと、子鬼どもはあやまつて、婆樣々々許せ、その代りこの打出の小槌と謂ふ寳物を上げるからと言つた。婆樣は其の小槌をよこしたら、捕つて食ふ事ばかりは許すと言つた。子鬼どもは喜んで婆樣に寳物をあづけて山奧へ歸つて行つた。

 婆樣は子鬼から貰つた打出の小槌をもつて、さあさあ此所《ここ》さ千軒の町が出ろと言つて、トンと地面を打叩くと、其通りぞろりと千軒の町屋が出た。婆樣は其の町星の眞中頃に行つて又、此所さ大きな館(ヤカタ)ア出ろと言つて、トンと地面を叩くと、忽ちに大きな館が出た。それから婆樣は人だの馬だの酒屋だら木綿屋だの、色々な店を打出して、喜んで俺は女殿樣《をんなとのさま》になると言つて、其所の女殿樣になつた。

 或日、伜夫婦は元通りの貧乏なまゝで、瘦馬に薪《たきぎ》をつけて、木賣《きう》ろ木賣ろと呼んで、此の町へ薪賣りに來た。そして其の町一番の立派な館へ行つて、女殿樣を見ると、それは先達《せんだつて》自分等が捨てた家の婆樣であつた。嫁はあの婆(バンゴ)だがアと腹を立てて家に歸つた。そして夫に、俺も婆樣のやうにあんなに立派な人になりたい。俺もあんな女殿樣になりたいと言つて、夫をせがみ立てた。夫も仕方ないものだから、そんだら婆樣のやうに俺さ負さつてあべと言つて、嫁を背負つて婆樣とは別な奧山へ連れて行つた。そして婆樣の時のやうに、彼方此方《あつちこつち》から萱を刈集めて、萱のトッツペゴヤをかけて、其の中に嫁を入れて火をつけた。嫁は燒死んだ。

[やぶちゃん注:姥捨伝説の変形ものだが、なかなか興味深いパートが、複数、ある。

「川戶口(カドグチ)」粗末な家の「門口」の卑称であろう。

「トッツペ小屋」不詳。原義も判らぬが、思うに、柱を立てずに、周囲に茅(かや:単子葉植物綱イネ目イネ科 Poaceae 及びイネ目カヤツリグサ科 Cyperaceae の草本の総称)の茎と穗(綿毛)を老婆の周囲に多く立て掛けて、その頭上で簡易に藁で縛ったもののようなもののように私には思われる。]

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