大手拓次譯詩集「異國の香」 「美しい船」(ボードレール)
[やぶちゃん注:本訳詩集は、大手拓次の没後七年の昭和一六(一九三一)年三月、親友で版画家であった逸見享の編纂により龍星閣から限定版(六百冊)として刊行されたものである。
底本は国立国会図書館デジタルコレクションの「国立国会図書館内/図書館・個人送信限定」のこちらのものを視認して電子化する。本文は原本に忠実に起こす。例えば、本書では一行フレーズの途中に句読点が打たれた場合、その後にほぼ一字分の空けがあるが、再現した。]
美しい船 ボードレール
わたしはおまへに話したい おお よわよわしい たをやめよ
おまへの若さをかざる さまざまの美しさを、
わたしはおまへをゑがいてみたい
おとなびてゆく をさな姿の美しさを。
おまへが ひろいもすそで 風をはらひながらゆくときは
沖へでてゆく 美しい船ともみえる、
亞麻布(リンネル)をつみ ただよひながら
こころよい またものうい しづかな調(しらべ)につれて うねりゆく。
おまへの おほきいまるい頸(くび)のうへに ふつくりとした肩のうへに
おまへのあたまは ふしぎな媚をみせびらかす、
おだやかで また かちほこつたやうな風(ふり)をして
おまへは みちをゆきすぎる いかめしい子供よ。
わたしはおまへに話したい おお よわよわしい たをやめよ
おまへの若さをかざる さまざまの美しさを、
わたしはおまへをゑがいてみたい
おとなびてゆく をさな姿の美しさを。
つきだして 波模樣の絹をはりひろげる おまへの胸は
揚揚(やうやう)としたおまへの胸は うつくしい衣裳戶棚、
楯のやうにあざやかな そのふくらんだ鏡板(かがみいた)は
かがやくひらめきを とめてゐる。
ばらいろの星でよろうた そそのかすやうな楯よ!
葡萄酒と 香料と 芳香(リクウル)と
美しいものにみちみち 心やあたまを狂はせる
あまい 祕密の衣裳戶棚よ!
おまへが ひろいもすそで 風をはらいながらゆくときは
沖へでてゆく 美しい船ともみえる、
亞麻布(リンネル)をつみ ただよひながら
こころよい またものうい しづかな調(しらべ)につれて うねりゆく。
おひのける もすそのしたにみやびたおまへのふたつの脛(はぎ)は
ふかい甕(かめ)のなかで くろい媚藥(ほれぐすり)を煉つてゐる
ふたりの魔術師のやうにも
えもわかぬ望みをくるしめ そそりたてる。
早熟な怪力者(エルキユウル)をなぶるやうなおまへの腕は
かがやく蛇の たくましい好敵手、
また おまへの胸におしつけるやうに 戀人を
しふねくも だきしめるのにふさはしい。
おまへの おほきいまるい頸(くび)のうへに ふつくりとした肩のうへに
おまへのあたまは ふしぎな媚をみせびらかす
おだやかで また かちほこつたやうな風(ふり)をして
おまへは みちをゆきすぎる いかめしい子供よ。
[やぶちゃん注:見るからに判る「ジャンヌ・デュバル詩篇」の一つ。実は第五連と第六連は改ページとなっていて、物理的には行空けがない。しかし、第五連の最終行の句点と、全体のバランスから考えても、何より、後に掲げる原詩からも、ここは行空けが相当である。改ページであることから、編者逸見氏が気にしなかったものとも思われるので、特異的に一行空けて分離した。それ以外に、ちょっと不審がある。それは、第五連の「芳香(リクウル)」で、これは原詩を見るまでもなく、「リクウル」から「芳香酒」とあるべきところであろう。原子朗編「大手拓次詩集」(一九九一年岩波文庫刊)でも、そうなっている(恐らくは同氏の「大手拓次研究」(一九七八年牧神社刊)の一八八~一八九ページに拓次の訳出したボードレールの『悪の華』からの詩篇リストにある『同題遺稿あり』とあるものに基づくものかと思う)。原詩をフランス語サイトのこちらのものを使用した。
*
Le beau navire Charles Baudelaire
Je veux te raconter, ô molle enchanteresse !
Les diverses beautés qui parent ta jeunesse ;
Je veux te peindre ta beauté,
Où l'enfance s'allie à la maturité.
Quand tu vas balayant l'air de ta jupe large,
Tu fais l'effet d'un beau vaisseau qui prend le large,
Chargé de toile, et va roulant
Suivant un rythme doux, et paresseux, et lent.
Sur ton cou large et rond, sur tes épaules grasses,
Ta tête se pavane avec d'étranges grâces ;
D'un air placide et triomphant
Tu passes ton chemin, majestueuse enfant.
Je veux te raconter, ô molle enchanteresse !
Les diverses beautés qui parent ta jeunesse ;
Je veux te peindre ta beauté,
Où l'enfance s'allie à la maturité.
Ta gorge qui s'avance et qui pousse la moire,
Ta gorge triomphante est une belle armoire
Dont les panneaux bombés et clairs
Comme les boucliers accrochent des éclairs,
Boucliers provoquants, armés de pointes roses !
Armoire à doux secrets, pleine de bonnes choses,
De vins, de parfums, de liqueurs
Qui feraient délirer les cerveaux et les coeurs !
Quand tu vas balayant l'air de ta jupe large,
Tu fais l'effet d'un beau vaisseau qui prend le large,
Chargé de toile, et va roulant
Suivant un rythme doux, et paresseux, et lent.
Tes nobles jambes, sous les volants qu'elles chassent,
Tourmentent les désirs obscurs et les agacent,
Comme deux sorcières qui font
Tourner un philtre noir dans un vase profond.
Tes bras, qui se joueraient des précoces hercules,
Sont des boas luisants les solides émules,
Faits pour serrer obstinément,
Comme pour l'imprimer dans ton coeur, ton amant.
Sur ton cou large et rond, sur tes épaules grasses,
Ta tête se pavane avec d'étranges grâces ;
D'un air placide et triomphant
Tu passes ton chemin, majestueuse enfant.
*
「怪力者(エルキユウル)」原詩の「hercules」は音写は「エルキュレェ」で、ギリシャ神話のヘラクレスに基づく怪力無双の人を指す。ここは「précoces hercules」で「自信に満ち満ちた腕自慢の若者」の意。
原子朗編「大手拓次詩集」の異稿を以上の正字版を用いて手を加えて以下に示す。
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美しい船 ボードレール
わたしはおまへに話したい おお よわよわしい たをやめよ
おまへの若さをかざる さまざまの美しさを、
わたしはおまへをゑがいてみたい
おとなびてゆく をさな姿の美しさを。
おまへが ひろいもすそで 風をはらひながらゆくときは
沖へでてゆく 美しい船ともみえる、
亞麻布(リンネル)をつみ ただよひながら
こころよい またものうい しづかな調(しらべ)につれて うねりゆく。
おまへの おほきいまるい頸(くび)のうへに ふつくりとした肩のうへに
おまへのあたまは ふしぎな媚(こび)をみせびらかす、
おだやかで また かちほこつたやうな風(ふり)をして
おまへは みちをゆきすぎる いかめしい子供よ。
わたしはおまへに話したい おお よわよわしい たをやめよ
おまへの若さをかざる さまざまの美しさを、
わたしはおまへをゑがいてみたい
おとなびてゆく をさな姿の美しさを。
つきだして 波模樣の絹をはりひろげる おまへの胸は
揚揚(やうやう)としたおまへの胸は うつくしい衣裳戶棚、
楯のやうにあざやかな そのふくらんだ鏡板(かがみいた)は
かがやくひらめきを とめてゐる。
ばらいろの星でよろうた そそのかすやうな楯よ!
葡萄酒と 香料と 芳香酒(リクウル)と
美しいものにみちみち 心やあたまを狂はせる
あまい 祕密の衣裳戶棚よ!
おまへが ひろいもすそで 風をはらいながらゆくときは
沖へでてゆく 美しい船ともみえる、
亞麻布(リンネル)をつみ ただよひながら
こころよい またものうい しづかな調(しらべ)につれて うねりゆく。
おひのける もすそのしたに みやびたおまへのふたつの脛(はぎ)は
ふかい甕(かめ)のなかで くろい媚藥(ほれぐすり)を煉(ね)つてゐる
ふたりの魔術師のやうにも
えもわかぬ望みをくるしめ そそりたてる。
早熟な怪力者(エルキユウル)をなぶるやうなおまへの腕は
かがやく蛇の たくましい好敵手、
また おまへの胸におしつけるやうに 戀人を
しふねくも だきしめるのにふさはしい。
おまへの おほきいまるい頸(くび)のうへに ふつくりとした肩のうへに
おまへのあたまは ふしぎな媚をみせびらかす、
おだやかで また かちほこつたやうな風(ふり)をして
おまへは みちをゆきすぎる いかめしい子供よ。
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前に示した「芳香(リクウル)」が「芳香酒(リクウル)」となっており、さらに第八連の一行目「おひのける もすそのしたに みやびたおまへのふたつの脛(はぎ)は」と二つ目の字空けがあること、最終連二行目「おまへのあたまは ふしぎな媚をみせびらかす、」の末に、かく読点が打たれている点が違う。しかし、これは異稿というより、「詩集」版の組の杜撰さが疑われるようにも思われる。]
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