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2023/03/04

大手拓次譯詩集「異國の香」 「踊る蛇」(ボードレール)

 

[やぶちゃん注:本訳詩集は、大手拓次の没後七年の昭和一六(一九三一)年三月、親友で版画家であった逸見享の編纂により龍星閣から限定版(六百冊)として刊行されたものである。

 底本は国立国会図書館デジタルコレクションの「国立国会図書館内/図書館・個人送信限定」のこちらのものを視認して電子化する。本文は原本に忠実に起こす。例えば、本書では一行フレーズの途中に句読点が打たれた場合、その後にほぼ一字分の空けがあるが、再現した。]

 

  踊 る 蛇 ボードレール

 

わたしはどんなに見たいのか ふしだらな戀人よ、

お前のうつくしいからだから

きらめく星のやうに

肌のひかりのながれるのを!

 

きついにほひの、

ふさふさとしたお前の髮のうへに、

靑と茶色の波はもつれ

かんばしく ただよふ海、

 

朝ふく風に

目覺(めざめ)める船のやうに、

ゆめみる わたしの魂は

とほい空へと 船出の用意する。

 

やさしさも きびしさも

すこしもみせない お前の眼は、

黃金(きん)と鐵とのとけあつた

つめたいふたつの寶石である。

 

氣儘な戀人よ、

お前が 足どりかろくゆくのをみれば、

鞭のさきに へらへらと

をどる蛇かとおもはれる。

 

お前の こどもあたまは

懶惰の重荷にたへかねて

象の子のやうに

なよらなよら とゆれうごき、

 

お前のからだは こごこんだり のびたり、

ちやうど あちらこちらにゆらめいて

みづのなかに帆架(ほげた)をひたす

しなやかな船のやう。

 

がうがうと 氷河のとけるにつれて

あふれてきた波のやうにも、

お前の唾(つば)のしたたりが

齒のふちにうかみでるとき、

 

にがいけれども うつとりと

ボヘミアの酒をのむかのおもひがする

ああ わたしのこころに

星をまきちらす きれいな空よ!

 

[やぶちゃん注:「目覺(めざめ)める」はママ。衍字か誤植かは不明。

 「ジャンヌ・デュバル詩篇」の一つ。フランス語サイトのこちらから引く。朗読も聴ける。

   *

 

   Le serpent qui danse   Charles Baudelaire

 

Que j'aime voir, chère indolente,

            De ton corps si beau,

Comme une étoffe vacillante,

            Miroiter la peau !

 

Sur ta chevelure profonde

            Aux âcres parfums,

Mer odorante et vagabonde

            Aux flots bleus et bruns,

 

Comme un navire qui s'éveille

            Au vent du matin,

Mon âme rêveuse appareille

            Pour un ciel lointain.

 

Tes yeux où rien ne se révèle

            De doux ni d'amer,

Sont deux bijoux froids où se mêlent

            L’or avec le fer.

 

A te voir marcher en cadence,

            Belle d'abandon,

On dirait un serpent qui danse

            Au bout d'un bâton.

 

Sous le fardeau de ta paresse

            Ta tête d'enfant

Se balance avec la mollesse

            D’un jeune éléphant,

 

Et ton corps se penche et s'allonge

            Comme un fin vaisseau

Qui roule bord sur bord et plonge

            Ses vergues dans l'eau.

 

Comme un flot grossi par la fonte

            Des glaciers grondants,

Quand l'eau de ta bouche remonte

            Au bord de tes dents,

 

Je crois boire un vin de bohême,

            Amer et vainqueur,

Un ciel liquide qui parsème

            D’étoiles mon cœur !

 

   *

原子朗「定本 大手拓次研究」(一九七八年牧神社刊)の一八八~一八九ページに拓次の訳出したボードレールの『悪の華』からの詩篇リストがあるが、それによれば、この「踊る蛇」には『同題異稿あり』とあり、原子朗編「大手拓次詩集」(一九九一年岩波文庫刊)の「翻訳篇」に載る初期訳のものは、その異稿である。以下に以上の本篇を参考に恣意的に正字化し、一部に推定で歴史的仮名遣で読みを添えたものを示す。かなり有意に異なるなお、後に再訳したものが以上の本篇だが、原氏の「大手拓次詩集」では、それも載っているのだが、最終連二行目の末尾が、「ボヘミアの酒をのむかのおもひがする、」と読点が打たれている点のみが異なる。これが正しい再訳稿であると思う。ただ、流石に読点だけの異同なので、全篇を再掲することはしない。

   *

 

  踊 る 蛇 ボードレール

 

わたしが見るのを好む愛らしい怠惰者(なまけもの)、

お前のからだは左樣に美しく、

ゆらめく星のやうにその皮がきらきらとする。

 

辛い匂ひを持つてゐる濃い髮の上に

海は靑と褐色の波をもつて

かをりつつ又波浪する。

 

朝の風に覺(めざ)める船のやうに

空想に沈むわたしの魂は

遠い空へと船出の用意する。

 

溫良も苦味もこればかりもあらはれないお前の眼は

黃金と鐵との交りゐる

冷たい二つの寶玉である。

 

歩調とりながら進むお前を見て

放逸の美しさ――

人は杖の端にをどる所の蛇とよぶだらう。

 

懶惰(らんだ)の重荷の下に

赤んぼのお前の頭は

年若い象の遊惰(いうだ)のやうにゆらゆらする。

 

お前のからだは美しい船のやうに

ちぢかまつたりまた長くのびたりする、

暗礁から暗礁とこぎまはり、水の中の帆桁(ほげた)をしづめてる。

 

つぶやく氷山の溶解によつて

波が大きくなるやうに、

お前の口の水が齒の緣にのつかるとき、

 

わたしは苦いうつとりとするボヘミアの酒を飮まうと思ふ、

私の心に星を撒きちらす液體の空よ。

 

   *

原氏は特異な読み以外は省略しておられるので(大手拓次は漢字には殆んどにルビを振っていると原氏は岩波文庫版で述べておられる)、「黃金」は「きん」とは読まず、「わうごん」と読んでいるものと推察する。個人的には、この異稿の方がよい。]

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