佐々木喜善「聽耳草紙」 一八番 蜂聟
[やぶちゃん注:底本・凡例その他は初回を参照されたい。今回は底本はここから。]
一八番 蜂 聟
或る長者どんに、太郞と勘吉と三藏と云ふ三人の下男があつた。或日勘吉は家に居て馬飼(ウマアツカ)ひをして居《ゐ》、三藏は旦那樣と一緖に町へ行つた。
太郞は草刈りに行けと言ひつけられて野原へ行く途中で、村の子供等五六人が蜂の巢を見つけて石を投げつけたり小便をしツかけたりして大變蜂をイジメテ居るのを見た。太郞は不不憫に思つて、懷中(フトコロ)に貯えて[やぶちゃん注:ママ。]置いた小錢を出して、その蜂を買ひ取つて、山に連れて行つて放して遣つた。
それから三日ばかり經つと、旦那樣が三人の下男を呼び寄せて、今日俺が屋根の上から大石を轉がし落すから、それを下に居て地面に落さぬやうに受け止めた者を此の家の一人娘の聟にすると言つた。それを聽いて二人の朋輩どもは、俺こそ此の家の聟殿になれると言つて大威張りで居たが、太郞は自信がないから、相變らず野原さ草刈りに行つた。そして草をさくさくと刈つて居ると、何處かで斯《か》う云ふ歌を唄ふ小さな聲が聞えた。
太郞どの太郞どのヤ
屋根から落ちて來る大石は
石ではなくて澁紙だ
澁紙だア、ブンブンブン…
見るとそれは此の前に助けて遣つた蜂であつた。これはよい事敎はつたと思つて勇んで家へ歸つた。
夕方マヤマヤと暗くなつた頃に、旦那樣は屋根へ上つて、軒下に三人の下男を立たせて置いて、それア誰でも受け止めろツと言つて一間[やぶちゃん注:約一・八二メートル。]四方ばかりの大石を棟の上からごろごろと轉がし落して寄越(ヨコ)した。二人の下男はヒンと叫んで遠くへ逃げ去つたが、太郞ばかりは大手を擴げて、やつとばかりにそれを受け止めた。やつぱり澁紙であつた。そしてめでたく長者どんの花聟になつた。
(昭和四年、角館小學校高女一、鈴木貞子氏の筆記摘要。武藤鐵城氏御報告分の一)
[やぶちゃん注:「マヤマヤと」岩手方言であろうが、不詳。「もやもやと」で「徐々に薄暗く視界がぼんやりしてくるさま」であろう。渋紙の張りぼてがバレぬように、黄昏れ時を選んだのである。]
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