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2023/03/05

柳田國男「妖怪談義」(全)正規表現版 妖怪名彙(その4) / イシナゲンジヨ・シバカキ・スナカケババ・スナマキダヌキ・コソコソイハ・オクリスズメ・オクリイヌ・ムカヘイヌ・オクリイタチ・ビシヤガツク・スネコスリ・アシマガリ・ヤカンザカ・テンコロコロバシ・ツチコロビ・ヨコヅチヘビ・ツトヘビ

 

[やぶちゃん注:永く柳田國男のもので、正規表現で電子化注をしたかった一つであった「妖怪談義」(「妖怪談義」正篇を含め、その後に「かはたれ時」から、この最後の「妖怪名彙」まで全三十篇の妖怪関連論考が続く)を、初出原本(昭和三一(一九五六)年十二月修道社刊)ではないが、「国立国会図書館内/図書館・個人送信限定」で「定本 柳田國男集 第四卷」(昭和三八(一九六三)筑摩書房刊)によって、正字正仮名を視認出来ることが判ったので、これで電子化注を開始する。本篇の分割パートはここから。但し、加工データとして「私設万葉文庫」にある「定本柳田國男集 第四卷」の新装版(筑摩書房一九六八年九月発行・一九七〇年一月発行の四刷)で電子化されているものを使用させて戴くこととした。ここに御礼申し上げる。疑問な箇所は所持する「ちくま文庫版」の「柳田國男全集6」所収のものを参考にする。

 注はオリジナルを心得、最低限、必要と思われるものをストイックに附す。底本はルビが非常に少ないが、若い読者を想定して、底本のルビは( )で、私が読みが特異或いは難読と判断した箇所には歴史的仮名遣で推定で《 》で挿入することとする。踊り字「〱」「〲」は生理的に嫌いなので、正字化した。太字は底本通り

 なお、本篇は底本巻末の「内容細目」によれば、昭和一三(一九三八)年六月から十月までと、翌十四年三月発行の『民間伝承』初出である。]

 

イシナゲンジヨ 肥前江ノ島でいふ海姬、磯女などの同系らしい。五月靄の深い晚に漁をして居ると、突然に岩が大きな音をして崩れ落ちるやうに聞える。次の日そこに行つて見ても、何の變つたことも無いといふ。

[やぶちゃん注:原拠が示されていないが、日文研の「怪異・妖怪伝承データベース」の「イシナゲンジョ」によれば、桜田勝徳氏の「船幽霊と水死人」(『俚俗と民譚』昭和八(一九三三)年五月発行)がそれであろう。『江島にはイシナゲンジョがいるという』。五『月の霧深い夜、漁をしていると突然、岩が崩れ落ちるような大きな音がし、翌日行ってみるが何もないという。イシナゲンジョは石投女の意とも考えられる』とあった。

「肥前江ノ島」佐賀県鳥栖(とす)市江島町(えじままち)。ここは完全な内陸であるから、「漁」は川漁である。同地は筑後川右岸直近である。

「肥前江ノ島でいふ海姬、磯女などの同系らしい。」この一文は記載が不全である。「肥前江ノ島でいふ。海姬、磯女などの同系らしい。」とあるべきところである。

「海姬、磯女」日文研の「怪異・妖怪伝承データベース」の「イソオンナ」・「ウミヒメサマ」によれば、長崎県北松浦郡小値賀町(おぢかちょう:五島列島の北部島嶼群)での採取で、『磯女と海姫様は同じもの。正体は水死者。凪の日に女の姿で出て、海の中にある魂を陸に帰してくれるよう、船頭に頼む』とある。]

シバカキ 夜分に路傍で石を投げる怪物だといふ(玉名)。シバは多分短い草の生えた處のことで、そこを引搔くやうな音もさせるのであらう。

[やぶちゃん注:「玉名」熊本県北部の有明海沿岸の玉名市。]

スナカケババ 奈良縣では處々でいふ。御社の淋しい森の蔭などを通ると砂をばら/\と振掛けて人を嚇す。姿を見た人は無いといふ(大和昔譚)のに婆といつて居る。

[やぶちゃん注:これも水木しげるの「ゲゲゲの鬼太郎」でメジャー・デビューした。当該ウィキを読まれたいが、こ『の話の出所は柳田の友人』で『医学博士の』『沢田四郎作(さわたしろうさく)の』「大和昔譚」『である。同書には「おばけのうちにスナカケババといふものあり、人淋しき森のかげ、神社のかげを通れば、砂をバラバラふりかけておどろかすといふもの、その姿見たる人なし」とある』とあった。国立国会図書館デジタルコレクションの『奈良文化』(集成本の内の二十一号所載)で当該部「二十一 すなかけばゝ」が視認出来る。さらに調べたところ、伝承地は近畿地方集中しており、奈良県・兵庫県・滋賀県の他、京都周辺にも棲息するらしい(以下の引用からの推定。但し、そこでは『京都在住の一読者』の体験とのみあり、必ずしも怪異体験が京都府内であるとは限定出来ない)。所持する水木しげるの「圖說 日本妖怪大全」(一九九四年講談社+α文庫刊)の「砂(すな)かけ婆(ばばあ)」に、『奈良県や兵庫県に出没する妖怪のようで、神社の近くにあるさびしい森陰などにひそんでいて、通る人に砂をばらばらと振りかけておびやかす。姿を見たものはいないという。どうやら、近畿地方に集中しているようで、京都市在住の一読者はわざわざ手紙で報告してくれた』。『それによると、彼女はお宮参りをした帰りに、藪の中から砂をあびせられたというのである。そして勇敢にも、竹の棒を持って藪の中に躍りこんで、「砂をかけたのは、どこのどいつやぁ」といった。あたりはシーンとして人の気配はなく、返事をするものもなかった。ふと足もとを見ると、直径一メートルぐらいの石が横たわっているばかりである』。『「まさか石が砂を投げるわけもなく、こんなにもゾーッとしたことははじめてです」とは彼女の談であるが、これは砂かけ婆にまちがいない。妖怪が出現しにくくなった昨今では、これはまったく貴重な体験であろう』と述べられた上で、水木氏は、『利根川の近くだったと思うが、狸が木の上に登って砂をまくとか、鳥が空を飛ぶときに砂を落とすとかする。これを「砂かけ婆」とか「砂まき狸」というのではないかという話を聞いたことがある。空を飛んでいる鳥が砂を落とせば、高ければ高いほどジェット機ではないが、鳥は遠くに行ってしまっているから見えないわけである。砂を落とされた人間は、相手の正体がわからないものだから不思議がる、といったところかもしれない』と添えておられる。この利根川の「砂まき狸」は、本「妖怪談義」の単行本の「自序」で柳田國男自身の体験談として「砂まき狸」のことが記されてある。或いは、水木氏のそれは、これがネタ元かも知れぬ。

スナマキダヌキ 砂撒狸は佐渡のものが著名であるが、越後にも津輕にも又備中阿哲《あてつ》郡にも、砂まきといふ怪物が居るといひ(郡誌)、越後のは狸とも又鼬の所屬ともいふ(三條南鄕談)。筑後久留米の市中、又三井郡宮陣村などでは佐渡と同じに砂撤狸と呼んで居る。利根川中流の或堤防の樹でも、狸が川砂を身にまぶして登つて居り、人が通ると身を振つて砂を落したといふ話が殘つて居る(たぬき)。

[やぶちゃん注:「備中阿哲郡」岡山県新見(にいみ)市

「三條南鄕談」『日本民俗誌大系』第七巻(北陸)に載る外山暦郎著「越後三条南郷談」であろうが、調べてみると、ちょっと違うようだ。国立国会図書館デジタルコレクションの同書の「動物の話」の章の「鼬」の項に『大面』(おおも)『村字矢田の翁坂に砂撒き鼬が出る。後肢で砂を蹴り撒くるということだ』とある。不審。なお、採取地は現在の新潟県三条市大面

「三井郡宮陣村」福岡県久留米市宮ノ陣

「利根川中流の或堤防の樹でも、……」前掲の本「妖怪談義」の単行本の「自序」で柳田國男自身の体験談を参照されたい。]

コソコソイハ 備前御津《みつ》郡圓城村《ゑんじやうそん》にこの名の岩がある。幅五尺ほど、夜分その側を通ると、こそこそと物いふ音がする(岡山文化資料)。

[やぶちゃん注:「備前御津郡圓城村」は岡山県加賀郡吉備中央町(ちょう)円城が名を負う地であるが、こちら(複数の方によるブログらしい)の「細田 三谷原   コソコソ岩(1)」には、『昔、備前国の御津郡円城村細田』(ほそだ)『にこそこそ岩が有って、夜分そこを通るとコソコソと言う物音がしたと言われます。この岩は幅』五『尺(約』一・五メートル)『の岩で、女性の妖精が棲むと言われています』とあって、出典を同じ「岡山文化資料」と記すので、ここは円城の北西に接する吉備中央町細田が当該地である。但し、どうもこの岩は現存しないようである。]

オクリスズメ 山路を夜行くとき、ちちちちと鳴いて後先を飛ぶ小鳥がある(南紀土俗資料)。聲によつて蒿雀《あをじ》かといふ人もあるが、夜飛ぶのだから鳥ではあるまい(動物文學三三號)。那智の妙法山の路にも以前はよく出た。紀州は一般に、送雀が鳴くと狼がついて來るといひ、又は送狼がついて居るしらせだともいふ(有田民俗誌)。伊豫の南宇和郡では、ヨスズメといふ一種の蛾がある。夜路にあるけなくなる程飛んで來ることがある。そのヨスズメは山犬のさきぶれだといふ(南豫民俗二號)。

[やぶちゃん注:「南紀土俗資料」国立国会図書館デジタルコレクションの森彦太郎編(一九七四年名著出版刊)を見たが、それに似ているものは(後の狼云々を含めて)、ここの(五六)の(太字は底本では傍点「﹅」)、

   *

(五六) 送雀とて夜行のとき、ちんちん鳴くを聞けば、後より狼追ひ來る。(山路鄕)

   *

しか見つからなかった。ざっと見ただけなので、どこかにあるのかも知れない。

「蒿雀」スズメ目スズメ亜目ホオジロ科ホオジロ属アオジ亜種アオジ Emberiza podocephala personata。博物誌は私の「和漢三才圖會第四十二 原禽類 蒿雀(あをじ) (アオジ)」を見られたい。

「那智の妙法山」ここ

「有田民俗誌」笠松彬雄(あきお)著。民俗誌の語を最も早くに附した書物とされる。国立国会図書館デジタルコレクションの『炉辺叢書』十四の同書のここの「俗信」の三項目にある。

「伊豫の南宇和郡」愛媛県愛南町(あいなんちょう)南宇和郡。なお、当該ウィキによれば、四国地方の郡の内で、発足以来、一度も郡域の変更が行われたことがないのは、ここと、香川県小豆郡の二郡のみである。

「ヨスズメといふ一種の蛾」鱗翅(チョウ)目カイコガ上科スズメガ科 Sphingidaeのスズメガの一種であろう。]

オクリイヌ 又送狼ともいふも同じである。これに關する話は全國に充ち、その種類が三つ四つを出でない。狼に二種あつて、旅犬は群を爲して恐ろしく、送犬はそれを防衞してくれるといふやうに說くものと、轉べば食はうと思つて跟《つ》いて來るといふのとの中間に、幸ひに轉ばずに家まで歸り着くと、送つて貰つた御禮に草鞋片足と握飯一つを投げて與へると、飯を喰ひ草鞋を口にくはへて還つて行つたなどといふ話もある(播磨加東)。轉んでも「先づ一服」と休むやうな掛聲をすればそれでも食はうとしない。つまり害意よりも好意の方が、まだ若干は多いやうに想像せられて居るのである。

[やぶちゃん注:当該ウィキを参照されたい。そこでも「送り狼」と同義とする。

「播磨加東」旧加東郡であろう。現在の加東市と、その南西に接する小野市が旧郡域。]

ムカヘイヌ 信州下伊那郡でムケエイヌといふ狼の話は、更に一段とこの獸の性質を不明にして居る。送狼のやうに跡からついて來るので無く、深夜山中で人の來るのを待受け、人が通り過ぎるとその頭上を飛越えて、又前へまはるなどといつて居る(下伊那)。多分送犬の信仰が衰へてからの分化であらう。

[やぶちゃん注:「下伊那郡」旧郡域は当該ウィキの地図を参照されたい。長野県最南端部の広域。]

オクリイタチ 伊豆北部でいふこと。夜間道行く人の跡について來るといふ。草履を投げて遣ればそれからはついて來るのを止めるともいふ(鄕土硏究二卷七號)。

ベトベトサン 大和の宇陀郡で、獨り道を行くとき、ふと後から誰かゞつけて來るやうな足音を覺えることがある。その時は道の片脇へ寄つて、

   ベトベトさん、さきへおこし

といふと、足音がしなくなるといふ(民俗學二卷五號)。

[やぶちゃん注:当該ウィキを参照されたい。

「大和の宇陀郡」旧郡域は当該ウィキの地図を見られたい。]

ビシヤガツク 越前坂井郡では冬の霙雪《あられゆき》の降る夜路を行くと、背後からびしやびしやと足音が聽えることがあるといふ。それをビシャがつくといつて居る。

[やぶちゃん注:「越前坂井郡」旧郡で現存しない。郡域は当該ウィキの地図を見られたい。福井県北端部海側である。]

スネコスリ 犬の形をして、雨の降る晚に、道行人の足の間をこすつて通るといふ怪物(備中小田)。

[やぶちゃん注:当該ウィキを参照されたいが、正直言うと、前掲の水木しげるの「圖說 日本妖怪大全」が恐らく最も情報が豊富で、類縁候補として、奄美の妖怪「耳無豚(ミンキラウワ)」「片耳豚(カタキラウワ)」、徳之島の「ムィティチゴロ」まで挙げられてあり、まっこと、楽しい。是非、未見の方は御購入あれかし。

「備中小田」岡山県小田郡。旧郡域は当該ウィキの地図を参照されたい。]

アシマガリ 狸のしわざだといふ。正體を見せず、綿のやうなものを往來の人の足にからみつけて、苦しめることがあるというて居る(讃岐高松叢誌)。

[やぶちゃん注:同前で、水木氏のそれに一ページ分しっかり資料が載る。]

ヤカンザカ 東京の近くにも、藥罐坂といふ氣味の惡い處があつた。夜分獨り通ると藥罐が轉がり出すなどといつて居た(豐多摩郡誌)。

[やぶちゃん注:ここがそれかどうかは判らないが、東京都文京区小日向に「薬罐坂」が現存する。]

テンコロコロバシ 備前邑久《おく》郡の或地に出るといふ怪物。夜分こゝを通るとテンコロがころころと坂路を轉がつて行くのを見るといふ。テンコロは砧卽ち衣打ち臺のことだが、それに使ふ柄の直ぐに附いた木槌をもテンコロといつて居る。又茶碗轉ばしの出るといふ場處もあつた(岡山文化資料二卷六號)。

[やぶちゃん注:「備前邑久郡」岡山県瀬戸内市邑久町は広域で、この中心附近。]

ツチコロビ 小豆洗ひの正體は藁打ち槌の形で、一面に毛が生えて居り、人が通ると轉げかゝるといつて居る地方も九州にはあるが(鄕土硏究一卷五號)、これは野槌《のづち》などといふ道の怪との混同らしい。野槌はたけの至つて短い槌のやうな形をした蛇で、道の上を轉がつて來て通行人を襲ふと傳へられ、中部地方の山地にはそれが出るといふ峠路《たうげみち》も多かつたといふが(飛驒の鳥)、この空想は名稱から後に生れたものと思はれる。ツチはミヅチが水の靈であると同樣に、本來はたゞ野の靈といふに過ぎなかつたことは、古く學者もこれを說いて居る。しかし現在はこの槌形の怪は全國に弘まり、伯耆中津の山間の村でも、槌轉びといふくちなはが居て、足もとに轉がつて來て咬ひ付くといつて居る。

[やぶちゃん注:「小豆洗ひ」本篇で先行する「アヅキトギ」なんぞより、論考『柳田國男「妖怪談義」(全)正規表現版 小豆洗ひ』を参照されたい。

「野槌」当該ウィキはお手軽だが、私の「南方熊楠 本邦に於ける動物崇拜(18:野槌)」、及び、私の寺島良安「和漢三才圖會 卷第四十五 龍蛇部 龍類 蛇類」の「のづちへび 野槌蛇」の項を強くお勧めする。後者ではテツテ的にオリジナルに考証している。

「飛驒の鳥」川口孫治郎著。国立国会図書館デジタルコレクションの『炉辺叢書』二十で原本が見られる。当該部はここ(「ノヅチの正體」)。因みに、その冒頭い出る「想山著聞奇集」のそれは、私の『「想山著聞奇集 卷の參」 「大蛇の事」』である。

「ツチはミヅチが水の靈であると同樣に、本來はたゞ野の靈といふに過ぎなかつたことは、古く學者もこれを說いて居る」私はこの見解を留保する。従来の民俗学は机上の思いつきで、実際の根拠もなしに、ある音と、ある音を安易に元来は同一対象を指すと考えがちである。それが、民俗学を人文科学のレベル内で大きく低下させていると考えている。

「伯耆中津」鳥取県東伯郡三朝町(みささちょう)中津。]

ヨコヅチヘビ 越後南蒲原郡の或堤防の上の路には、以前ヨコヅツヘンビ(橫槌蛇)といふものが居たといふ。頭も尾も一樣の太さで、ぴよんぴよんと跳ねて動いて居た云々(三條南鄕談)。

[やぶちゃん注:個人的には実在しない仮想蛇である「野槌」=「ツチノコ」(「槌の子」。以下の「ツトヘビ」「ツトッコ」も同類と断じてよい。そもそもどちらも生態や標本がない癖に「野槌」と「槌の子」の違いを云々する言説などからもいかにこれらが想像の産物であり、非科学的・非生物学的な意味のないものであることは明白である。私はニホンカワウソやニホンオオカミの生存説を唱える人間とは同じ空気を吸いたくない人種でもある)と同じものと考えている。ウィキの「ツチノコ」も参照されたい。

「越後南蒲原郡」旧郡域は当該ウィキの地図を参照。

「三條南鄕談」は既出既注。国立国会図書館デジタルコレクションの同書の「動物の話」の章の「蛇」の項のここ(左ページ後ろの短い段落部)で視認出来る。]

ツトヘビ 又はツトッコといふ蛇が居るといふことを、三河の山村ではいひ傳へて居る。或は槌蛇とも野槌ともいひ、槌の形又は苞の形をして居て、非常に毒を持ち、咬まれると命が無いと怖れられて居た(三州橫山話)。或は又常の蛇が鎌首をもたげて來た所を打つと、すぐにその首が飛んで行つてしまふ、それを探してよく殺して置かぬと、後にツトッコといふ蛇になつて仇《あだ》をするともいつて居た(鄕土硏究三卷二號)。見たといふ人はあつても、なほ實在の動物では無かつた。

[やぶちゃん注:「三州橫山話」柳田國男の弟子で民俗学者の早川孝太郎の優れた彼の生まれた愛知県の旧南設楽(みなみしたら)郡長篠村横山(現在の新城(しんしろ)市横川(よこがわ)。ここ)を中心とした民譚集で、大正一〇(一九三五)年に『炉辺叢書』(十二)として名著出版から刊行された。国立国会図書館デジタルコレクションのこちらで、当該部の「ツト蛇」が視認出来る。電子化しておく。

   *

 ○ツト蛇  ツトツコとも、槌蛇とも謂ひます。ツトのやうな格好だとも、又槌の形ちをしているとも、槌のやうに短かいのだとも謂ひます。蛇の頸ばかりになつたのが、死なゝいでゐて、それに短かい尾のやうなものが生へるのだとも謂ひます。山や、澤などにゐて、非常な毒を持つたもので、これに咬まれると命はないなどゝ謂ひます。私の母の幼な友逹は、この蛇に咬まれて一日程患つて死んだと聞きましたが、それは澤にゐたのだと謂ひました。東鄕村出澤の鈴木戶作と云ふ木挽[やぶちゃん注:「こびき」。]の話でしたが、鳳來寺村門谷から、東門谷と云ふ所へ行く道で、某と云ふ男が見たのは、藁を打つ槌程の大さで、丈が二尺程のものであつたと謂ひます。道の傍の山を、轉がつてゐたと云ひました。

  澤などにゐるのは、蛇ではなく、鰻の頭ばかしなのがなつたのだと云ふ人もありました。

   *

私は実は既にブログ・カテゴリ『早川孝太郎「猪・鹿・狸」』で、彼のその一冊の電子化注を終えている(二〇二〇年三月~四月)。それを終えた時、私は「早川孝太郎ロス」に暫く襲われたのを思い出した。それほど面白かったし、注をするのが楽しかった。行ったこともない横山をストリートビューで確認しているうちに、完全に地形を記憶し、遂にはそこに住んでいたことがあるような錯覚までも生じたほどだった。今回、以上を視認出来るようになったので、近日中に「三州橫山話」の全電子化注を始動する。暫くお待ちあれ。

「ツトッコ」は携帯食用や納豆を作るのに使う藁苞(わらつと)の方言である。彼らの体幹が藁苞の如くにずんぐりとしていることからの比喩呼称である。]

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