大手拓次譯詩集「異國の香」 郡の市場(ミンナ・イルビング)
[やぶちゃん注:本訳詩集は、大手拓次の没後七年の昭和一六(一九三一)年三月、親友で版画家であった逸見享の編纂により龍星閣から限定版(六百冊)として刊行されたものである。
底本は国立国会図書館デジタルコレクションの「国立国会図書館内/図書館・個人送信限定」のこちらのものを視認して電子化する。本文は原本に忠実に起こす。例えば、本書では一行フレーズの途中に句読点が打たれた場合、その後にほぼ一字分の空けがあるが、再現した。]
郡 の 市 場 イルビング
馬と騾馬、 牛と羊、
犬小屋のなかの犬、 檻(をり)のなかの豚、
ひよつこと鳩、 北京鴨(ぺきんがも)、
七面鳥に鵞鳥にほろほろてう、
りんごと梨とさつまいも、 穀物
めづらしい寳石のやうに綺麗なジエリー、
黃色い南瓜(とうなす)と薄荷棒(はつかぼう)、
郡(ぐん)の市場へおいでなさい。
ぴゆるぴゆる、 ひんひん、
めえめえ、 わんわん、
けつこう、 こつこ、 チユーチユー、 ギヤーギヤー、
もうもう、 クウクウ、 またゴウルゴウル、
けえけえいふ角笛、 とキーキーいふ車のわだち、
よろこんで大さわぎする叫びこゑ、
『おい、 そりやじやうだんだよ、 君』
大笑ひと、 いちやつきと、 レモン水、
郡の市場へおいでなさい。
[やぶちゃん注:巻末の目次に「ミンナ・イルビング」とあるのだが、ミンナ・アーヴィングでMinna Irvingの綴りで調べると、同名で生没年の異なる女性詩人がいるのだが、当該詩篇を見出せず、お手上げ。
「騾馬」哺乳綱奇蹄目ウマ科ウマ属ラバ Equus asinus × Equus caballus 。♂のロバ(ウマ属ロバ亜属アフリカノロバ 亜種ロバ Equus africanus asinusと♀のウマの交雑種の家畜、北米・アジア(特に中国)・メキシコに多く、スペインやアルゼンチンでも飼育されている。逆の交配(♂のウマと♀のロバの配合)で生まれる家畜をケッテイ(駃騠:ウマ属ケッテイ Equus caballus × Equus asinus)と呼ぶが、ケッテイと比較すると、ラバは育てるのが容易であり、体格も大きいため、より広く飼育されている。私の「和漢三才圖會卷第三十七 畜類 騾(ら) (ラバ/他にケッティ)」を参照されたい。]
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