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2023/03/13

西播怪談實記(恣意的正字化版) / 德久村小四郞を誑むとせし狐の事

 

[やぶちゃん注:本書の書誌及び電子化注凡例は最初回の冒頭注を参照されたいが、「河虎骨繼の妙藥を傳へし事」の冒頭注で述べた事情により、それ以降は所持する二〇〇三年国書刊行会刊『近世怪異綺想文学大系』五「近世民間異聞怪談集成」北城信子氏校訂の本文を恣意的に概ね正字化(今までの私の本電子化での漢字表記も参考にした)して示すこととする。凡例は以前と同じで、ルビのあるものについては、読みが振れる、或いは、難読と判断したものに限って附す。逆に読みがないもので同様のものは、私が推定で《 》で歴史的仮名遣で添えた、歴史的仮名遣の誤りは同底本の底本である国立国会図書館本原本の誤りである。【 】は二行割注。]

 

 ○德久村(とくさむら)小四郞を誑(たぶらかさ)むとせし狐(きつね)の事

 佐用郡(さよごほり)西德久村(にしとくさむら)に、彌三右衞門といひて、古き農家あり。

 享保初方(はじめかた)の事なりしに、惣領の小四郞、部屋ずみたりし時、夜更て、折々、門の戶、明(あく)音、しければ、

『盜賊にや。』

と、心を附(つけ)て見れば、戶は明(あい)て在(あり)ながら、何の子細も、なし。

 かくする事、度々(たびたび)成(なり)しが、後(のち)には、折にふれて、小四郞、部屋より見馴ぬ女、朝、とく、立出(たちいで)て歸(かへる)を見し家來も有(あり)ければ、元來(もとより)、若き小四郞なれば、いつしか、浮名、立(たち)て、誰(たれ)いふとしはなけれども、小四郞耳(みゝ)へも、

「しかじか。」

のよし、入(いり)ければ、

「こは、露も覺(おぼへ)なき身の、かく、あだ名の立(たつ)事、いぶかし。いかさま、此ほど、門の戶の明(あい)てある事、たゞならず。若(もし)や、化生(けしやう)のものゝ、仕業にや。」

と、彌《いよいよ》、油斷もせずして居《をり》たりけるが、比《ころ》は、水無月の半(なかば)にて、晝は、あつさの凌難(しのぎがた)ければ、

『朝、とく、行(ゆき)て、作物を見ん。』

と思ひ、また、東雲(しのゝめ)に起出(をき《いづ》)るに、蚊帳(かや)の外に、純子(どんす)・繻子(しゆす)などにて仕立たるやうなる、くゝり枕、壱つ、在(あり)。

「こは。ふ思議[やぶちゃん注:ママ。]なり。かゝる枕の、我(わが)部屋に有(ある)べきやう、なし。日比の浮名、是ならん。」

と、枕刀(まくらがたな)を、手早(てばや)に拔(ぬき)て切付(きりつく)れば、消(きへ)て、跡なく成(なり)しが、折ふし、家來は、

「朝、草を刈(かり)に行(ゆく)。」

とて、打連(うちつれ)て、門口(もんぐち)へ出(いで)たりけるが、

「座敷より、狐が出《いで》たるは。」

と、銘々(めいめい)に、棒を振(ふり)て追(をい)ければ、狐は、後(うしろ)の山へぞ迯入(にげいり)ける。

 其後(そのゝち)は、戶の明(あく)事もなく、自然(しぜん)と、浮名も、止(やみ)けるよし。

 予が緣家(ゑんか)にて、直(じき)に聞侍(きゝはべ)る趣を書つたふもの也。

[やぶちゃん注:「佐用郡(さよごほり)西德久村」現在の兵庫県佐用郡佐用町西徳久(グーグル・マップ・データ)。

「享保初方」享保は二十一年まであり、一七一六年から一七三六年まで。

「惣領の小四郞、部屋ずみなりし」ここでの「部屋住み」は「総領」=嫡男ではあるが、未だ家督を相続していないことを言っている。

「純子(どんす)」通常は「緞子」(どんす)と書く。織り方に変化をつけたり、組み合わせたりして、紋様や模様を織り出す紋織物の一種。生糸の経(たて)糸・緯(よこ)糸に異色の練糸を用いた以下に出る「繻子」(しゅす:絹を繻子織り――縦糸と横糸とが交差する部分が連続せず一般には縦糸だけが表に現れる織り方――にしたもの)の表裏の組織りを用いて文様を織り出したものを指す。「どんす」という読みは唐音で、本邦には室町時代に中国から輸入された織物技術とされる。

「後の山」現在の「西徳久」をグーグル・マップ・データ航空写真で見ると、この地区の、北西の、地区の殆んどの部分が山間であったことが判る。]

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