大手拓次 「香爐の墓場」
[やぶちゃん注:本電子化注は、初回の冒頭に示した通りで、岩波文庫の原子朗編「大手拓次詩集」(一九九一年刊)からチョイスし、概ね漢字を正字化して、正規表現に近づけて電子化注したものである。]
香爐の墓場
はつ夏は、氣の變り易い
よそゆきの化粧姿、
二人ばかりのお供をつれて
定めない空のしたに
旅先の繪模樣を思うてる。
かろい足をあげてお前が微風(びふう)のなかに拂ふとき、
白い、ヘリオトロツプの匂ひをこめた、
そのやはらかい圓みを帶びた二つの香爐は、
絕えまない死の樂しさをかをらせる。
化粧姿に紅をふいて、
はつ夏の女のととのひは
眠り好きの鸚鵡のはづかしさうな戲れだ。
[やぶちゃん注:「ヘリオトロツプ」ヘリオトロープ(Heliotrope)。ムラサキ目ムラサキ科キダチルリソウ属 Heliotropium の種群を指すが、特にその代表種であるキダチルリソウHeliotropium arborescens を指すことが多い。夏目漱石の「三四郎」(明治四一(一九〇八)年発表)に登場することで人口に膾炙している。当該ウィキによれば、『日本語で「香水草」「匂ひ紫」、フランス語で「恋の花」』(調べた限りでは、“herbe d’amour”(「恋の草」)であった)『などの別名がある』。『バニラのような甘い香りがするが』、『その度合いは品種によって異なる』。『花の咲き始めの時期に香り、開花後は、香りが薄くなってしまう特徴がある』とあり、属名は、『ギリシャ語の』(ラテン文字転写で)『helios(太陽)+trope(向く)で、「太陽に向かう」という意味がある』ともある。学名のグーグル画像検索をリンクさせておく。]