早川孝太郞「三州橫山話」 種々なこと 「引越しを知つてゐた鼠」
[やぶちゃん注:本電子化注の底本は国立国会図書館デジタルコレクションの「国立国会図書館内/図書館・個人送信限定」で単行本原本である。但し、本文の加工データとして愛知県新城市出沢のサイト「笠網漁の鮎滝」内にある「早川孝太郎研究会」のデータを使用させて戴いた。ここに御礼申し上げる。今回はここ。
標題は「いろいろなこと」と訓じておく。なお、これが本文の最終パートとなる。]
○引越しを知つてゐた鼠 村の早川ダイと云ふ女の話でしたが、この女の里の北設樂郡段嶺《だみね》村で、某と云ふ男が、秋田圃《あきたんぼ》に稻叢《いなむら》を作つてゐて、ふと傍らを見ると自分の家から幾疋となく鼠が出て來て、其れがみんな、傍の小川を飛越《とびこ》して、丘の上の日當りのよい家へ向つて驅けて行つたさうです。其男の家は、丘の下の日當りの惡い所にあつて暮しも豐かではなかつたのです。其男は内心つくづく考へて、鼠迄が愛想盡《あいそづく》しをして丘の上の家へ越して行くのかと思つて見てゐたさうです。
それから二三日經つと、丘の上の一家が、急に土地が嫌やになつて、屋敷を賣拂《うりはら》つて遠くへ越してゆくと云ふので、周旋する男があつて、其男に、是非屋敷を買取《かひと》れと、無理矢理に薦められて、たうたう[やぶちゃん注:ママ。]其屋敷を買ふ事になつて間もなく引越したと云ひましたが、それからは家運も追々榮えて來たさうです。
[やぶちゃん注:「北設樂郡段嶺村」現在の北設楽(きたしたら)郡設楽町(したらちょう)の南の西寄りにあった旧村名。「ひなたGPS」の戦前の地図のこちらで、『段嶺村』(くどいが「だみねむら」と読む)が確認出来る。現在のこの中央附近(グーグル・マップ・データ航空写真)。横山からは直線で北北西に十キロメートルほどの位置である。]
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