大手拓次 「あゆみ」
[やぶちゃん注:本電子化注は、初回の冒頭に示した通りで、岩波文庫の原子朗編「大手拓次詩集」(一九九一年刊)からチョイスし、概ね漢字を正字化して、正規表現に近づけて電子化注したものである。
以下は、底本の編年体パートの『『藍色の蟇』時代Ⅰ(大正前期)』に載るもので、同パートについては、先のこちらの冒頭注を見られたい。]
あ ゆ み
神よ、うれふる心を抑へて
ひとつ、ひとつ醗酵してゆく、
緋の衣笠のしたに未知の世界をさすり、
よろめいてゐる足を泥地(どろち)のなかへいれる。
[やぶちゃん注:「緋の衣笠」「緋」にちょっと引っかかるが、この「衣笠」は、高山性の大きな独特の白い萼片を持つ単子葉植物綱ユリ亜綱ユリ目科メランチウム科 Melanthiaceaeキヌガサソウ(衣笠草)属キヌガサソウ Paris japonica か。同種のそれは、初めは白いが、芯にある本当の花(内花被片。糸状で目立たない)の開花した後に萼片部は紅紫色になるからである。当該ウィキを参照されたい。形状から、「未知の世界を」摩(さ)する幻想へ導く花となれば、これは、形状ともに違和感がなく、しっくりくるからである。他にバラ目バラ科サクラ属ヤマザクラ品種キヌガサ(衣笠) Cerasus jamasakura var. jamasakura ‘Kinugasa’があるが(サイト「桜図鑑」の同品種の画像を参照されたい)、同品種の花は薄紅色であり、如何にも「桜」であり、これといって、幻想性に必ずしも結びつかないもののように私には思われるし、別に知られた奇体なレース状の菌網(きんもう)を開くキノコに、なかなか普通には開いたところは見られない、竹林に多く植生する(私も嵯峨野で一度だけ見た)菌界担子菌門菌蕈(きんじん)亜門真正担子菌綱スッポンタケ目スッポンタケ科キヌガサタケ(衣笠茸)属Phallus(タイプ種キヌガサタケ Phallus indusiatus )等もあるが(同属の菌網(きんもう)部分は種によっては橙色や桃色になることがあるようである)、だったら、拓次は「衣笠」に「茸」を添えて三字で「きぬがさ」として、はっきりさせるように私には思われる(当該ウィキを見られたい。う~ん、幻想性からは、これは「群抜」と言え、一読、私が想起したのは、これなのだけれど)。……いや……それとも……これは――そのまま、素直にとるべきか?……天の羽衣の如く、天からぶら下っている、幻しの手弱女の上に差しかける絹を張った長柄の傘……或いは、女神の頭の上にある神々しい天蓋(てんがい)のそれを……漠然とイメージすればよいのかも知れぬ……大方の御叱正を俟つものである。]