フライング単発 甲子夜話卷之二十三 6 寺屋に鸛巢ふ事
[やぶちゃん注:以下、現在、電子化注作業中の南方熊楠「鴻の巢」の注に必要となったため、急遽、電子化する。非常に急いでいるので、注はごく一部にするために、特異的に《 》で推定の歴史的仮名遣の読みを挿入し、一部に句読点も変更・追加し、鍵括弧記号も用い、段落も成形した。]
23―6 寺屋《じをく》に鸛《こふのとり》巢《すく》ふ事
鸛は靈識《れいしき》ある鳥か。
御藏前《おくらまへ》西福寺の堂の棟瓦《むねがはら》の上に、以前より、巢を構ふ。
予、退隱の後、淺草の邸《やしき》に往來の路、しばしば、彼《かの》寺の邊を過ぐ。
時に、巢を望見《のぞみみ》るに、鸛、或《あるい》は、雙棲《さうせい》し、又は、雛を育《やしな》ふ。
然《しか》るに、その空巢《あきす》を見ること、兩三日なり。
乃《すなはち》、從行の人に問ふ。
「鸛、なし。何《いか》なる故や。」
と云へども、從行も知《しる》べきにあらざれば、
「不審なる。」
由を答ふ。
然《しかる》に、俄《にはか》に、彼地の溝西《みぞのにし》、失火し、寺、風下《かざしも》に在《あり》て、遂に燒亡す。
然《しか》れば、鸛は、已前《いぜん》に、これを知《しり》たるならん。
因《ちなみ》に云ふ。本所五つ目、羅漢寺の堂脊《だうのせ》の瓦上《かはらのうへ》にも、鸛、巢くふこと、久し。
頃《このご》ろ、かの住持に、予、しばしば値《あ》ふ。渠《かれ》、云ふ。
「鸛、年々、卵を生じ、雛《ひな》となり、これを育《はぐくみ》し終《をは》れば、父烏は、飛去《とびさり》て、住所《すむところ》を知らず。この後《のち》は、雛鳥、成長して、又、如ㇾ此《かくのごとし》。」
と。これも亦、奇なり。
[やぶちゃん注:「御藏前西福寺」現在の台東区蔵前にある浄土宗東光山松平良雲院西福寺(グーグル・マップ・データ)。江戸時代には、浄土宗江戸四ヶ寺の一つとして触頭(ふれがしら)を勤めていた。
「本所五つ目、羅漢寺」現在の東京都目黒区下目黒にある天恩山五百羅漢寺が移転する前にあったのがそれ。当時は黄檗宗だったかと思われるが、現在は浄土宗系単立寺院。羅漢寺の創建は元禄八(一六九五)年で、当時の羅漢寺は本所五ツ目(現在の東京都江東区大島三丁目)にあった。ここが、跡(グーグル・マップ・データ)。現在、旧羅漢寺に因んで、名を羅漢寺とする寺が同地にあるが、こちらは曹洞宗。]
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