大手拓次 「靈の食器」
[やぶちゃん注:本電子化注は、初回の冒頭に示した通りで、岩波文庫の原子朗編「大手拓次詩集」(一九九一年刊)からチョイスし、概ね漢字を正字化して、正規表現に近づけて電子化注したものである。
以下は、底本の編年体パートの『『藍色の蟇』時代Ⅱ(大正後期)』に載るもので、底本の原氏の「解説」によれば、大正七(一九一八)年から大正一五(一九二六)年までの数えで『拓次三一歳から三九歳の作品、三四一篇中の四七篇』を選ばれたものとある。そこから詩集「藍色の蟇」に含まれていないものを選んだ。同時期の拓次の様子は、先の回の冒頭の私注を参照されたい。]
靈の食器
髮のくさむらのなかにジヤスマンの香料は追ひこまれ、
あせばんだ寶石はしきりに夢のしぶきをはく。
をんなよ、
おまへのももをあをく化粧してねむれ。
おんなよ、
おまへのももをうすい絹でいたはつてねむれ。
それこそは此世で最もうつくしい靈の食器だ。
神と惡魔との交通する靈の食器だ。
夜はふかく地の底へ底へとながれ、
あをくぶよぶよする靈の食器は、
三つの手をのべて、
さめざめと遠くをまねいて吐息する。
[やぶちゃん注:「食器」には「器」の他、新字体の「器」の他に旧字には「噐」があるが、詩集「藍色の蟇」での用字に従った。
「ジヤスマン」フランス語で花の「ジャスミン」は“Jasmin”であるが、音写すると、「ジャスマン」である。シソ目モクセイ科 Jasmineae 連ソケイ(素馨)属 Jasminum のジャスミン(アジアからアフリカの熱帯及び亜熱帯地方が原産で、本邦には自生しない)類、或いは、ソケイ Jasminum grandiflorum であろう。先の「Jasmin Whiteの香料」の冒頭に附した注を参考にされたい。]